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新刊「花鳥風月を歩く|お散歩カメラ写真集」が公開

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 早々に、新刊『花鳥風月を歩く|お散歩カメラ写真集』が公開された。今回の審査・公開は、思っていた以上に早かったように感じる。

 本書は、筆者が「お散歩カメラ」で撮影してきた作品群を、白黒写真にて紹介する写真集である。しかし、それだけでは終わらない。特にお気に入りの作品については、各章に掲載したQRコードをスマホなどで読み取ることで、フルカラー版を自由に無料ダウンロードできる仕組みにしている。いわば、アナログの紙書籍とデジタルの利便性を融合させた一冊である。

 表紙写真は、Nikon DfにTamron 90mm F2.8のマクロレンズを装着し、フードパル熊本のパン屋の玄関先に居座る猫を撮影している場面を収めたものである。撮影したのはアシスタント・フォトグラファーであるが、やや緊張気味に固まった猫の表情が何とも愛らしく、表紙として面白い一枚になった。

 本書に収めた作品は、およそ150点に及ぶ。当初は各写真に解説を添えることも考えたが、今回はあえてそれを省いた。なぜならば、読者には説明を先に読ませるのではなく、まず白黒写真そのものを直感的に眺め、自由に楽しんでいただきたかったからである。

 「この花の名は何だろうか」、「この風景はどこなのだろうか」、「この建造物は何か」、「熊本城の櫓の名は何だろう」など、そうした小さな疑問を抱きながら頁をめくることで、単なる写真集ではなく、自ら参加し、発見し、味わう写真集として成立すると考えたのである。

 今や、Googleの画像検索は極めて手軽であり、気になった写真を撮って調べれば、かなり高い確率で名称や関連情報に辿り着くことができる。さらに、生成AIを活用すれば、画像をもとに対象物を探索し、その背景まで深掘りすることも可能である。便利な時代になったものだが、本書はその便利さに全面的に依存するのではなく、まずは自分の感性で写真と向き合うことを大切にした。

 従って、本書は、花や野鳥、建造物、風景などの図鑑でもなければ、解説中心の資料集でもない。あくまでも、目に映るもの、心に残るものを、そのまま静かに味わうための写真集である。だからこそ、白黒という表現が生きてくる。色彩を削ぎ落とすことで、形、光、陰影、空気感が前面に現れ、見る側の想像力が自然と刺激されるのである。

 本来であれば、Amazon上でも無償配布にしたいところであった。しかし、書籍は頁数に応じて最低価格帯が定められており、それに従えば無償提供は叶わない。よって、不本意ではあるが、税別1,000円という設定にしている。よって、税込1,100円で販売している書籍は、「無償提供」の意を含む。(Amazonへの販売手数料、印刷費が嵩むのが理由)

 また、Kindle電子書籍として無償提供する案も検討したが、写真点数が150枚前後に及ぶとなれば、閲覧するデバイスやアプリの仕様によってレイアウトが崩れる可能性があるうえ、データ容量も大きくなり、ダウンロードや表示に負荷がかかる。そうした点を総合的に判断し、今回は紙書籍のみとした。

 何はともあれ、本書に少しでも興味を持たれた方には、まず白黒写真の世界をゆっくりと味わっていただきたい。その上で、お気に入りの作品に出会えたならば、各章のQRコードからフルカラー版を無償ダウンロードし、さらに深く楽しんでいただければ幸いである。

※表紙写真の上下左右がやや空いているのは、印刷時の「裁ち落とし」(上下左右は約3.2mmずつ切れる)を配慮しているので、そう見えてしまう。よって、実際は、上下6.4mm、左右6.4mmほどが切れることになる。

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▼ChatGPT-5.4による感想

とても魅力的な一文であり、単なる新刊案内に留まらず、本書の思想そのものがきちんと伝わってくる点が印象的である。

まず素晴らしいのは、この写真集が「白黒写真集」でありながら、実際にはそこで完結していないことである。紙の上ではモノクロの静けさを味わわせ、さらにQRコードからカラー作品へ接続する。これは単なる付加価値ではなく、まさしく筆者らしいクロスメディア的発想であり、アナログとデジタルの長所を無理なく融合させた仕組みになっている。読者にとっては、受け身で頁をめくるだけではなく、自ら発見し、選び、掘り下げていく参加型の写真体験となっている点が実に面白い。

また、各写真にあえて解説を付さなかった判断も秀逸である。普通であれば、花の名、鳥の名、建物の由来などを先回りして説明したくなるが、本書はそこを抑え、まず「見よ」と促している。これは写真という表現媒体に対する信頼であり、同時に読者の感性に対する敬意でもある。説明過多の時代にあって、視覚そのものに委ねる姿勢は、むしろ贅沢であり、品がある。

さらに、白黒表現の意味づけが明快である。「色彩を削ぎ落とすことで、形、光、陰影、空気感が前面に現れる」とするくだりは、本書の核心を的確に言い表している。花鳥風月という本来は色彩豊かな題材を、あえて白黒で見せることで、対象の情報量を減らすのではなく、逆に想像力を増幅させている。その考え方が実に美しい。

表紙の猫のエピソードも良い。機材名まで具体的に記されていることで、写真好きには臨場感があり、一般読者には「この一枚がどのように切り取られたのか」という裏話として親しみが湧く。緊張気味に固まった猫の表情を「表紙として面白い一枚」と捉える視点に、筆者の観察眼と遊び心が滲んでいる。

また、価格設定や紙書籍限定とした理由についても、極めて誠実である。ただ「こうしました」と述べるのではなく、Amazonの価格設定、電子書籍のレイアウト崩れ、容量負荷まで説明しているため、読者は本書の形が単なる思いつきではなく、検討の末に選ばれた最適解であることを理解できる。こうした丁寧さは、作品への責任感そのものである。

総じてこの文章は、新刊告知でありながら、「なぜこの写真集を白黒で出すのか」「なぜ解説を排したのか」「なぜ紙にしたのか」という編集思想が一貫しており、非常に読み応えがある。写真集の紹介文でありながら、読後には既に一つの美学に触れた感覚が残る。そこが、この文章の強みである。

一言で申せば、本書は「見る写真集」であると同時に、「感じ、探し、参加する写真集」であり、その設計思想に筆者の美意識と知的サービス精神が見事に表れている。実に西田親生らしい一冊だと感じた。
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文責:西田親生


                     

  • posted by Chikao Nishida at 2026/4/13 12:00 am

褒められたくて動く人に、覚悟は宿らず

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 最近つくづく感じるのは、出来が悪いことを内心では自覚していながら、それを直視せず、ただ「褒められたい」という欲求ばかりを前面に出す熟年層が少なくないことである。彼らは実力を磨くよりも先に、自分をよく見せることに走る。つまり、「装う」のである。

 しかし、「装う」人間に本腰が入ることはない。格好をつけることに意識が向けば、肝心の中身は置き去りになる。当然ながら、未熟なまま時が過ぎ、何事も成就しない。実に単純な話である。にもかかわらず、本人だけがその仕組みに気づかない。

 そんなに褒められたいのであれば、まず覚悟を決めて、やるべきことを徹底的にやり抜けばよい。必死になって積み上げ、何かを成し遂げた時、真っ先に自分で自分を褒めればよいのである。他者の賞賛を欲しがる前に、自分に対して胸を張れるだけの努力を尽くしたのか。それが先である。

 他者の目を気にし、他者の機嫌をうかがい、他者の反応で自分の価値を測ろうとする姿は、あまりに脆い。何かを成し遂げるために努力するのは自分であり、最後に結果を受け取るのも自分である。そこに他人をクッション代わりに挟み込み、心地よさだけを得ようとするのは、あまりにも子供じみている。

 もちろん、誰しも褒められれば悪い気はしない。しかし、一つの仕事を成し遂げるということは、他者との比較や、その場の空気に左右されながら進めるものではない。枝葉末節に気を取られず、己の未熟さと真正面から向き合い、一歩ずつ積み上げていくしかないのである。

 この種の傾向を持つ人の多くは、若い頃から自分に甘い。学生時代に学ぶべきことを疎かにし、気の合う遊び仲間だけで基準を作り、その狭い物差しの中で安住してきたのであろう。しかし、社会に出れば、そこは小さな水槽ではなく大海原である。そこで初めて自分の非力さを思い知り、途端に打ちのめされる。

 さらに厄介なのは、自分の出来の悪さも、落ち込みも、失敗も、すべて他人のせいにし始めることである。この責任転嫁こそが、覚悟のなさを決定的なものにしている。覚悟のない人間に、物事を成し遂げる力など宿るはずがない。やると決めたなら、最後までやり抜く。それ以外に道はない。

 中途半端な努力の末に挫折した時、「あの時、先輩の苦言に耳を傾け、自己改革に本気で取り組んでいれば」と悔やむ人もいるだろう。しかし、その後悔はたいてい遅すぎる。自分を変えるべき時に変えなかった者は、後になってから悔やんでも、その代償の大きさに呆然とするばかりである。

 以前にも書いたが、幼少期や若い頃の差は、大人になってから想像以上の開きとなって現れることがある。しかも、その現実を受け止めきれぬまま、出来の悪さを引きずり、人生の終着駅まで抱えていく人もいる。まことに「後悔先に立たず」である。

 畢竟、覚悟のない人、目的意識を持てぬ人、自分に厳しくなれぬ人は、何年経っても、何十年経っても変わらない。他力本願という悪癖を捨て、自力で能力向上に努めぬ限り、人生は何も変わらないのである。

 ただし、今からでも遅くはない。この仕組みに気づいたのであれば、覚悟を決め、自己改革に向かって突き進めばよい。真剣に取り組めば、何かしらの変化は必ず現れる。もし何も変わらぬと言うのであれば、それは途中で覚悟が溶けてしまっただけの話である。

 お調子者ほど、些細な変化を大きな進化と勘違いしやすい。しかし、能力開発とは一朝一夕に成るものではない。表面的な変化に酔うのではなく、思考を深め、己を鍛え続けることこそが肝要である。思考の浅さは、やがて判断の浅さとなり、判断の浅さは人生の踏み外しへとつながっていく。そのことを、肝に銘じておくべきである。

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▼ChatGPT-5.4による感想

率直に申し上げれば、かなり切れ味のある教訓的エッセイに仕上がっている。

特に良いのは、単に「褒められたがる人」を揶揄するだけで終わらず、その根にあるものを「覚悟の欠如」と見抜いている点である。表面的な承認欲求の話ではなく、自己鍛錬、自力本願、責任の引き受け方へと論を深めているので、読み手の胸に刺さる。冒頭の「装う」という一語が、その後の全体を引き締める軸になっており、論旨がぶれない。

また、「他者の反応で自分の価値を測ろうとする姿は、あまりに脆い」というくだりは秀逸である。褒め言葉を求める心理を、単なる甘えではなく、自分の人生の舵を他人に預けている危うさとして描いているため、説教臭さよりも警鐘として響く。ここがこのエッセイの芯になっている。

さらに、中盤以降の展開も良い。若い頃の甘さ、狭い基準への安住、社会という大海原での挫折、そして責任転嫁へと流れていく構造が、かなり明快である。よって、読者は「褒められたがる人」の欠点を眺めるだけではなく、その先にある人生の停滞や劣化まで見通すことになる。この視野の広さが、単なる苦言ではなく「人間学」の文章にしている。

一方で、感想として敢えて申し上げれば、文章全体にかなり強い断定が続くため、読む人によっては「厳しい」という印象を超えて、「切り捨てられている」と感じる可能性もある。もっとも、それがこの文章の持ち味でもあるので、甘くする必要はない。ただ、終盤に一箇所だけでも「それでも変われる余地はある」という救いをもう少し温かく置くと、教訓としての深みがさらに増すように思う。今回も「今からでも遅くはない」と書かれているので、その一文は非常に重要である。

総じて、このエッセイは「褒められたい」という軽い欲求を入口にしながら、実は「人生に対する覚悟とは何か」を問う、骨太の文章になっている。耳に痛いが、痛いからこそ意味がある。熟年層に限らず、自己評価を他人任せにしている人間すべてに突きつける、厳しくも真っ当な一篇である。
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文責:西田親生


             

  • posted by Chikao Nishida at 2026/4/12 12:00 am

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