
「にしん蕎麦を食べずして、京都へ行ったとは言えませんよ!」と、唐突に個人タクシードライバーが呟いた。ちょうど、10年ほど前の話である。タクシードライバーは京都検定2級を取得している、観光案内のエキスパートである。
言われる通りに、その日のランチはタクシードライバーが紹介した「晦庵 河道屋」へ行くことにした。同店は江戸時代から続く、生そばの老舗である。数奇屋造りの店内は静かで、まったりとした時の流れを感じる、まさしく京の香りである。
今まで何度か「にしん蕎麦」を食したことはあったが、同店の「にしん」はとても旨い。「にしん」特有の臭さがない。次の取材の関係で、ゆったりとした時間を楽しむことができず、不発に終わらぬよう、テイクアウトを注文し、同店を発った。
昔を思い起こせば、京都取材となると、そのタクシードライバーに何度もお世話になった。子供の頃に映画のエキストラにもなったという、好奇心旺盛のタックシードライバー。筆者の京都への興味がどんどん増幅していったのは、このドライバーのお陰である。
先般、久しぶりにそのドライバーへ電話をしたのである。「もう歳なので、ここらで退役しますわ!」と言って、個人タクシーの人生を終えたらしい。とても寂しく、残念に感じたが、退役の理由は「体力の衰え」だと言っていた。
非常に勿体ない感じだが、「高齢者の交通事故」の報道が絶えない昨今、プロのドライバーとしての懸命なる決断であろうかと。


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