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スマホが善きも悪しきも世を変えた!

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 携帯電話の進化は、ネット世界を牽引し、世の中を変えてしまった感がある。特に、ガラパゴス携帯電話からスマートフォンとなり、パソコンのように多種多様のアプリを使用することで、更に、ネット世界の進化を加速させてきた。

 デジタル時代の寵児のような存在となったスマートフォンだが、この存在が、世の中を変え、人の考え方も変え、そして、生活環境や仕事環境をも変えた。しかし、それを甘受するとともに、日々、危機感を持たざるを得ない筆者(ITが本業)がいるのは否めない。

 携帯電話が登場した頃は、現在のように格安料金でもなく、一般人には高嶺の花であった。それが、今では大人から小学生、幼稚園児まで所持する時代となっている。

 昔のダイヤル式の黒電話、ピンクの公衆電話などと比較すれば、圧倒的にコミュニケーション能力が高まり、いつでもどこでも思いのままに、移動しながら簡単にコミュニケーションを交わせる世界となった訳だ。

 しかしながら、便利な世の中になればなるほど、必ず、その裏側では負の遺産も想定外に大きく育って行くのである。

 例えば、十数年前は、仕事中の個人携帯電話の所持、使用は厳禁とされていた。それが、今ではスマートフォンやガラバゴス携帯電話をポッケやセカンドバッグなどに入れておくのは当たり前の時代となり、仕事中でも休み時間でも、個人がケジメなく使っている。

 特に、SNSが浸透して行くと、仕事を忘れて、そのアプリに没頭し、「ながら携帯」に違和感を持たぬ人の方が圧倒的に増えてきた。よって、SNSという超便利ツールの登場により、ストーカー、暴力行為、詐欺、援助交際、個人情報漏洩、個人攻撃、機密情報漏洩などと、デジタル時代特有の事件事故が絶えない時代に突入したのだ。

 SNSは無償で提供されている、パブリックツールである。ヒューマンコミュニケーションツールとして、現在では、無くてはならぬ存在であると豪語する人が多い。ただ、活用次第では、それが仇となり、職をなくしたり、オミットされたり、逆に攻撃を受けたり、法で裁かれたりと・・・いよいよ、自らの足元を見直す時代になったのではないかと、危惧する次第。

 SNSの代表格でもある、FacebookやTwitterなどは便利と言えども、大きな落とし穴が沢山あることを知るべきである。特にデジタル音痴の人がそれに酔えば、立ち位置、身の丈も忘れてしまい、大暴走を繰り返すこともあり得る。・・・すこぶる危険な状態である訳だ。

 特に、第三者を誹謗中傷して名誉を毀損したり、ストーカー行為や威嚇恐喝に走れば、即逮捕となる。当然のことながら、法の遵守が大前提での便利ツールなのだが、それが理解できない稚拙な人も多い。自分自身のレベルの低い思考力にて、自由奔放に使えるのがSNSだと勘違いしているから、そうなってしまう。

 車の運転と同様に、法令やルールを守り、モラルを持って活用して、初めて生活に役立つツールとなる。特に、SNS時代となり、自己表現を誤り、怪しげな演出に酔いしれている阿呆も大勢居る。また、それにコバンザメのようにピタッとくっつくお馬鹿も無数に居るのだが、もっと自らの背中を客観視して、ツールを活用すべきであろうと・・・。

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  • posted by Chikao Nishida at 2017/3/12 03:21 am

デジタルに侵された現在

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 便利すぎるもの、無償のものには、厄介な尻尾がついて来る。

 SNSやゲームなどは、リアルな世界の対岸にあるバーチャルな世界。その狭間において、麻薬中毒患者のように、24時間デジタル世界を徘徊する人間が急増している「今」を検証すれば、似非情報が正当化されたり、毒ある情報に振り回されたり、詐欺商法や催眠商法の餌食となったり、戦慄さえ覚えるほどの「狂った時代」となっている。

 反面、法的には個人情報保護のために、様々な制限や罰則を加えてはいるものの、それを無視して、自らの個人情報漏洩を加速させているような、脇の甘い人間も多い。よって、ストーカ被害やその他事件事故に巻き込まれる可能性が高まっているのが実情だ。

 SNSを介してビジネスチャンスや素敵な出逢いがあれば、それは推奨するに価する。しかしながら、その殆どが、価値のない「緩い関係」だけを助長させ、FACE TO FACEを大前提とした揺るぎのない信頼関係を構築するには、価値なきものの方が圧倒的に多い。

 その国の文化レベルの指標の一つに、精神文化というものがある。その精神文化の淀みや低迷が、今の日本人の姿ではなかろうかと、常々、危惧している次第。

 不惑の歳を過ぎても、子供じみた挙動を曝け出している人も居る。良く言えば、単に「若い」、「面白い」という事になろうけれども、この国の将来を背負って行くには、あまりに頼り甲斐のない人間である。

 高学歴で有名大学や一流企業にいるから頭脳明晰な人間ということではなく、よって、教科書に即して成績が良いというのが、そのまま楽して精神文化の高い人間にはなり得ない。

 逆に、一般的な常識人と比較すれば、思考回路に偏りがあったり、稚拙極まりない挙動が見られたり、屁理屈の上に屁理屈をこねるような、お粗末な言動もよく耳に入ってくる。

 今の世の中で欠落しているのは、「真善美」である。安直だが、それら3文字の反語を並べてみると「偽悪醜」となる。価値の概念において、何のフィルタルングもなく「偽」、「悪」、「醜」が罷り通るとなれば、世も末の状況以外の何ものでもない。

 嘘偽りの世の中では、信頼関係など皆無となる。悪行三昧が横行する世の中には幸福など存在しない。醜態だらけの世の中ではさもしい人間ばかりが徘徊する。・・・

 SNSが「流行」だと言えば、確かに聞こえはいい。しかし、「流行」だから、全てが正しいベクトルを持ち合わせている訳ではない。例えば、欧米から発信されているものは、下手をすると、或るデバイス、或るネットシステム、或るバーチャルワールドを介して、知らず識らずの内に、脆弱かつ劣悪な精神文化の国民の多くが「洗脳」されてしまっているのではないかと・・・。

 20世紀のOS戦争で惨敗した日本は、WINDOWSマシンというハードをしゃかりき作るばかりで、最終的には箱屋で終わってしまった。スマホも同様に純日本製のOSも皆無の状態であり、他国のOSや仕様に右へ倣えで、日本独自のオリジナリティなど、全く見ることができない。

 SNSも同様に、殆どが他国の開発によるもの。TwitterやFacebook等、特に欧米の指揮監督の下に、我々は操り人形のように、ギクシャク、ジタバタしているに過ぎないのである。

 確かに、日本は世界第3位の経済大国かもしれない。しかし、それは表皮の部分であって、真実は、長い歴史の中で、肉を切られ、骨まで断たれてしまった属国のように思えて仕方ないのである。

 畢竟、デジタルは単なるツールとして、アナログ思考を重視した上で、一歩二歩下がって、自らのライフスタイルを客観的に検証し、正しい活用法を見出すことが先決ではなかろうかと考える次第。

 決して、操り操られる負のスパイラルに入り込まぬよう願いたい。・・・江戸川乱歩著「鏡地獄」のような世界に嵌らぬように!


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  • posted by Chikao Nishida at 2016/7/26 12:00 am

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