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霊感商法に惑わされるな!・・・己を救えるのは己しかいない。

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 熊本県内では霊感商法の事件が報道されている。いつになっても後を絶たない怪しい詐欺事件。中でも霊感商法というものは、悪徳商法の最たるものであり、人生において無縁であるべきものの一つである。

 己の心に迷いが生じ、軸が大きくブレると、藁をも掴む気持ちで何かに縋りたがるのが人間である。相手が、1000%信頼できる心友ならばともかく、実態不明の他人と遭ったり、その饒舌な言葉を安易に信用するものではない。

 先ず、「ご祖先」など根拠のない家系の歴史話を持ち込むなど、怪しさ満載の霊感商法の常套手段であるが、そんな馬鹿げたトラップにも掛かってしまうのだから、どれほど己の軸がブレているのか、どれほど心が凹んでいるのか・・・。

 霊感商法の首謀者にとっては、心が弱りきっている人間は「飛んで火に入る夏の虫」と言うように、最高のターゲットになる。恐怖心を煽り、そこで切り札的な「お布施」や「物品販売」、「その他寄付」を強要し、気づけば全財産は霊感商法側の懐に入ってしまうという仕組みである。

 契約書に「返金はしない」を明記しているから、騙し取った金でも返さないと言う。しかし、初手から欺罔により翻弄させて、悪質なる契約へ誘導しているのだから、その時点で犯罪と言える。

 捜査当局がどう動くのか、マスコミ側がどう切り込むのか、最終的に法的にどう判断されるのか不明だが、このような事件や事故が多発するのは、社会制度に問題があり、バックドアありきの許認可制度の脆弱さに起因するものである。

 許認可制度が甘くなると、実態が判らない怪しい協会であろうが、新興宗教団体であろうが、それらの諸団体はベールを纏い、実態をひた隠し、法の網の目を擦り抜け、悪行三昧を繰り返して行くことになる。

 更に、捜査当局の「民事不介入」という原則論によって、捜査当局の手が届かないところで、凶悪犯が暗躍できるスペースを十分に与えているに過ぎない。

 そもそも、現行法として刑事も民事も法整備されたのは昔の話。よって、現代に全ての条項が適合するのか、想定外の事件事故について全ての条項に網羅されているのか否か。立法機関は常に後手後手の状況であり、「遅ればせながら」で動かざるを得ない。しかし、事件事故が多発してからでは遅すぎるのである。

 法治国家として、これからの世の中を平穏無事なる社会にするには、法整備の「スピード化」が命。想定外の事案についても早期処理ができるように、柔軟な法解釈も必要である。更に、被害者最優先とし、加害者については二の次、三の次で対処しなければ、泣き寝入りする被害者が増えるばかり。

 常に、刑事と民事の垣根が高いために、刑事は動くが、民事は動かず、被害者救済に繋がらない可能性も高い。よって、刑訴、民訴以外に、被害者(弱者)を徹底救済するからには、「刑民訴融合」という法理論も必要ではないか。それは、事件処理や裁判の効率化にも繋がって行くはずだ。

 畢竟、己を救えるのは己しかいない。諄いようだが、決して、見知らぬ人間の甘い口車、恐怖心を煽るようなお伽話には耳を傾けず、接しないことが肝要だ。また、同級生とか同郷とかいう曖昧な範疇においては、信頼できる人は皆無であると考えるべきである。

 人間の心には優れた洞察力が備わっているけれども、それでも完全に他人を信頼することは困難である。だからこそ、己の判断力と警戒心を持ち、情報を冷静に見極めること必要ではなかろうか。
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書・文責:西田親生


                   

  • posted by Chikao Nishida at 2023/7/22 12:00 am

『信教の自由』とは、本人の『自由意思』ありき。似非『宗教団体』は、徹底摘発、解散させよ!

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 憲法の『基本的人権』の一つに、『信教の自由』がある。元総理の暗殺事件以来、瞬く間に話題になっている怪しげな宗教団体や関連施設があちらこちらに。

 そこには、長年に亘り、欺罔により、強制、脅迫、洗脳された入信者が殆どであり、『本人の自由意思』を無視された状態にて、更に、自由自在にマインドコントロールされ、身包み剥がれてしまうというのが実状のようだ。

 怪しすぎる『オウム真理教』の存在もあった。サリン事件で多くの人々の命を奪い、また、ピンポイントにて暗殺を企て、更には、人体実験を行いながら、国家転覆を狙っていた。

 ヘッドギアを頭に装着し、念ずれば『空中浮遊』ができるはずがない。ちんけな漫画のような話を信じ、日々修練している気分になっていた信者たち。皆、完全に洗脳され、狂った世界に閉じ込められていたのである。

 人を幸福な世界に導くのが『宗教』の役目だと、筆者なりに考えている。正直なところ、心を全て委ねるような『宗教観』を持ち合わせていないので、『宗教』に対して興味もないのが本音である。

 今まで、怪しい『宗教団体』の欺罔により慌てふためいたり、洗脳されたり、脅迫を受けたことなど全くないので、その罠に嵌った方々の心境を全て理解することはできないが、『宗教団体』の『蛮行』ばかりは許せない。

 筆者が思うに、『宗教』が無ければ、自分自身を律することができぬとは思えない。『宗教』が人生のお手本であるとも思えない。『宗教』が絶対的な世界であり、そこにのみ『幸福』が存在するとも思えない。

 どんなに昔の立派な修行僧が唱える言葉が素晴らしいと評価されようが、実際にお会いしたこともない僧侶の言葉を、全て信じようとは思わない。何故なら、皆、同じ人間であるからだ。実体を知ることができないからだ。

 特に、人の姿をした輩(その辺にいるような変なおばさん)が、『教祖』であると崇めること自体、違和感だけが脳裏を過ってしまう。ナンセンスな装束にて鎮座している変なおばさんこそ、すこぶる怪しい存在である。

 そんな変なおばさんへ、何故、全ての私財を投じるのか、全く理解に苦しむばかり。それは、変なおばさんをシンボルとして、その取り巻きたちが潤沢に『金銭』を得ることが目的だから、『銭儲け』の俗欲ために、信者へ強制や脅迫をもって吊り上げる。

 その変なおばさんや取り巻きが、本物の『宗教家』であり、世のため人のために、完全ボランティアで生きているのであれば、人を脅してまでも、身包み剥ぐ必要もなかろうと。まやかし物を高額で販売するなんぞ、どこの『がらくた市』かと、失笑ものとなる。

 『神』には頼み事をするもんじゃない。『神的存在』という詐欺師たちは、無視で十分。本当の『神』は皆さんの心の中に存在しているのだから、その大切な『神』に、日々感謝の心を忘れなければ、人生は潤う。

 自分自身の心の中の『神』を粗末に扱うから、怪しい『宗教団体』に騙され、結果的に『罰(ばち)』が当たる。当然の報いである。心の中の唯一無二なる貴方の『神』を、生かすも殺すも、貴方次第。

 畢竟、魂のないイカサマ『宗教団体』に、目を向けぬが懸命なる生き方と言える。


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写真・文責:西田親生

                     

  • posted by Chikao Nishida at 2022/10/8 12:00 am

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