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嵐の前の忙しさ・・・

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 座右の銘の一つとして、「如水」がある。常に「如水」を肝に命じて、日々を過ごしているつもりではあるが、8月8日に発覚した某市(他県)の不法行為(著作権侵害)に憤りを覚えたり、責任転嫁に走り逃げ隠れする人々(公僕)の後ろ姿を見ては、湧水池の砂踊りを連想してしまった。

 いやいや、それは澄み切った水中のアーティスティックな砂踊りに大変非礼な比喩である。責任逃れのために、心無い謝罪文を2通(ほとんど同じ内容)を送りつける人々には相応しくはない。今頃、この2通で事足りると胡座をかいているようだが、不法行為自体が解決してはいないことへの認識はなさそうだ。

 平穏無事なる日常を願う筆者のような庶民にとっては、上述の「不法行為」というものは、焙煎したばかりで旨そうな珈琲に、間違って塩を打ち込んでしまったような気分となる。精神的な苦痛がないと言えば嘘になるが、本日は正午から夜に掛けて、時間に隙間がないほど多忙であった。勿論、多忙だからといって疲弊することはなく、逆に、とても充実して幸せな時を過ごせたと思える。

 ランチを済ませ、先ずは、レクチャー会に3時間。接遇の極意などを話していると、あっという間に時間が経ってしまう。それから、記事やチラシを別のクライアントのところへ届け、今後の戦略について立ち話。気づけば、午後4時半を過ぎていた。

 何か撮影したいが、台風のことが気になって、心落ち着いて撮影する気分とはなれない。よって、クライアント先からそのままオフィスへ向かうことにした。車で坂を上りながら思い出したのは、昨年出逢った可愛らしいコスモスの花々だった。僅かな遠回りだが、昨年の場所へと車を移動させた。思った通り、コスモスが風に靡いて、太陽の方を向いて踊っていた。

 よって、オフィスに戻ったのは、午後6時過ぎ。正午から行ったレクチャー会の件で、何度かデータの遣り取りを行い、そのプロジェクトの詰めに傾注した。併行して、打ち合わせを電話で行いながら、デスク上では撮影したコスモスの写真を整理していった。

 そうしている内に、友人から久し振りの電話。実家からお土産を持ってくると言う。待つこと30分。菊鹿産の高級利平栗と彼の母親が作った栗団子を頂いた。大粒で丸みを帯びた美しい利平栗。器に入れた栗の記念撮影をしながら、栗団子を頬張った。一口齧ると、口の中に栗がコロコロと転がった。食感が凄かったので、掌の栗団子の中を覗くと、栗が熊本城の石垣状態となっている。このような贅沢な栗団子は初の体験である。

 栗団子に夢中となり、結局は夕食を忘れるほど満腹となってしまった。それから、美味しい栗団子を冷凍庫に入れるか、冷蔵にするか、一瞬間迷ってしまった。結局、翌日も食べることを決意し、冷凍をせず冷蔵保存とした。

 多忙という多忙ではないが、このように時の流れの中で、対外的なものがポンポンと入ってくる。とても心地よい多忙さの中で、別のクライアントから写真添付のメッセージが届いた。さあ、これが本日最後の仕事だと自分に言い聞かせ、急いでいるらしいので、超特急でその処理を終えた。

 ニュースで台風の動きが気になる。どうやら、鹿児島県の屋久島上空を台風の目が突っ走って行くようだ。昔の夕立は有り難さがあった。昔の台風は迷走することは稀で、適量の雨を降らして、秋を引っ張り、農作物へも恵みの雨を降らせていた。

 ところが最近の台風は、迷走どころか、狂人のように思えて仕方がない。そこまで人々を苦しめなくても、海上で思う存分荒れ狂い、上陸したら、静かに通り過ぎてもらいたいものである。

 本日は小学校1年生の夏休みの「絵日記」のような記事となったが、たまには、その1日を振り返り、自らの動静を精査するのも宜しかろうと・・・。

 最後に、筆者の挙動は「遊び」と誤解を受けることが多々あるけれども、こうやって、クライアントの知らぬところで、精一杯の仕事をこなしていることを、ここに愚痴りたいと・・・。(苦笑)

▼11月9日にオープン予定の「四季の味 やまもとや」(熊本県上益城郡益城町)

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▼9月19日に移転オープンしたばかりの「えのきぞの」(熊本市中央区新屋敷)
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▼コスモスとの再会
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▼立派な利平栗と栗団子(山鹿市菊鹿産)
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▼美味しそうな「松島観光ホテル岬亭」の料理群(上天草市松島町)
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  • posted by Chikao Nishida at 2018/9/28 02:36 am

強者は弱者、弱者こそ強者なり。

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 常に一匹狼の強者スタイル。不慮の事故が起きようが、崖っぷちに立たされようが、メンタル面で弱音を吐かない。足の親指の爪が剥げようが、指先に竹が刺さろうが、痛さを我慢してでも消毒、テーピングして自分で治す。しかし、どう見ても、体裁や見栄のところが潜在的にあり、痩せ我慢なところは否定できない。

 一方、一般的に弱者と思われがちな人は、不慮の事故に遭遇すると非常に凹む。辛そうな表情や息絶え絶えの口調に、周囲の人たちは同情して守りに入る。カッターで数ミリ切っても、喉が少々イガイガの程度でも即病院へ走る。それは、時には過敏すぎて医療費の無駄遣いともなるが、平穏無事な生活を守るための防御姿勢であるに違いない。

 荒波の人生で生きて行く上で、どちらが楽で合理的か否かの比較はできないが、強者と弱者の中間的なスタンダードな人間も存在する訳だ。なかなか、人間という動物は良くできている。

 しかし、その他にも、或る時は強者であったり、また或る時は弱者であったり、またまた或る時は仙人のように周囲に無関心であったりする人もいる。演技性に長けている、演出過多の人間であるが、これは論外とする。何故なら、このような人間は詐欺師ようのな人物が多く、語るに値しない。

 本日は、弱者と強者のみを取り上げ、検証して行きたいのだが、なかなか教科書的な正解を導き出すには、筆者にとっては難問すぎる。しかし、もっと突き詰めたという気持ちの方が強いので、続けることにする。

 自己分析を行えば、どちらかと言うと、筆者は前者の強者の部類に属するのだろうと。よって、周囲に弱音を吐くことを、知らぬ内に拒絶している。関節や筋に強い痛みを感じても、何日掛けても、自己治癒力を信じ、何とか治す。信義則を尊び仕事をしている中で、それに対して懐疑的に扱われても、直球のみを投げて突進する。

 強者としての性格を与えられたのは、多分に、幼少時に独りぼっちが多く、父の転勤ばかりの職業や家族バラバラの環境下で育った事に起因すると考えている。転勤により、必然的に子供は他県の学校へ転校せざるを得なくなり、常にニューフェイスの挨拶で新学期を迎えることになる。

 新しい友人との出会いも楽しくはあったが、常に孤独感に浸っていたというのが本音である。幼少期から小中高と同じ地域で育つのであれば、雑念無くして楽しかっただろうと、現在でも転勤族であった我が家を好ましいとは思わない。常に父の都合だけが前に突き出され、筆者の希望なんぞ通る可能性は無かった。

 自分自身が弱者になれるのなら、どれだけ楽だろうと、つまらぬ思考を巡らしたこともある。ちょっとした痛みでも、大声でバタバタと暴れ、叫びながら病院へと連れて行ってもらいたいと思った時期もあった。しかし、常に唇を噛み締め、痛みを堪え、親にも兄弟にも友人にも黙って過ごすパターンであった。

 これは偏った持論であると自覚はしているが、2年から3年越しの転校をせざるを得ない人間にとって、強者か弱者かの選択肢を与えられれば、どうしても強者しか選べないのだ。もし、弱者を選べば、必ずや虐めに遭遇する確率は高い。何度も転校を体験すると、転校初日の自分の軸をぶらさず、ポーカーフェイスで対応しなければならなかった。

 暴力沙汰は絶対にタブーだが、二つ目の転校先の高校では、転校二日目にして番長らしき人間と対峙してしまい、相手が筆者の胸元を掴んで恫喝したのである。その腕を振り払った瞬間にボタンが3個ほど取れてしまった。ボタンが落ちるや否や、相手を数発殴ってしまった。相手の顔は大きく腫れ上がり、口の中を切っていたので流血事件となった。

 筆者はその番長らしき人間を引っ張って校長室へ連れ込み、「このようなつまらん高校へは通えない!」と言って、すたこらさっさ自宅へ戻ったことがあった。今考えれば、番長らしき人間のご挨拶程度の恫喝だったのだろうと。そこで、弱者に成り済まして、頭を下げて「よろしく!」と、震えながら言っておけば、大ごとにならなかったのかも知れないと、今では苦笑いものである。

 上記のような体験が多々あったから、学校の「虐め」と聞くと、我慢ならない筆者がいる。強者ぶっている番長は、多分に寂しがり屋さんで、仲間が沢山いないと安心して学校へも足を運べず、遊びもままならないのだろうと。筆者もこの一度だけ人を傷つけたことへ、今でも、「短気は損気」と自分に言い聞かせながら、当時の自分の採った行動を反省してきた次第。

 幼少時から強者の枠組みを摑まされたのは良いが、実は、心の叫びを伝えたくても伝えられない、とても不器用な自分がいるのである。あれから暴力は絶対にダメだと言い聞かせて数十年。今ではカミソリのようにキレまくっていた人間ではなく、できるだけ相手の立場に立ち、考える習慣づけは出来たように思える。しかし、なあなあ事や詐欺などの悪事は絶対に許せぬ、勧善懲悪的な己は全く変わらないところが面白い。

 わたくし事の体験談で申し訳なかったが、畢竟、強者はすこぶる弱く、弱者に見える者ほど強いという事である。

 蛇足ではあるが、写真に1994年にリリースされたMacintosh Color Classic IIの写真を掲載した。その理由は、新聞社を経て独立の道を選んだのだが、筆者の業務をしっかりと支えてくれたのが、有能なスタッフやこのマシンたちだった。強者と思われがちな筆者は、いつの間にか、スタッフやマシンに支えられてきたのも、皮肉な話である。

 ただ、一回きりの人生において、弱音を吐くのを聞いてくれる人が一人でも居れば有難く、人生は孤独とはなり得ぬことを、遅ればせながら知り得たのだった。・・・人は独りでは生きて行けないのだから。

 ※筆者の思い出深い第1号マシンは、アップル社1984年製のMacintosh 128である。

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  • posted by Chikao Nishida at 2018/8/6 12:28 am

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