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The Rosetta Stone Blog

メディア比較と数遊び・・・

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世の中は、クロスメディア時代へ。

ポータルサイトとnoteの比較

 筆者が1995年8月22日に立ち上げたポータルサイト The Rosetta Stoneとnoteのアクセス件数の比較をすることにした。

 現在、The Rosetta StoneのBlog Newsでは、1日あたり1件のニュースをアップしているのに対して、noteでは1日あたり5件から8件ほどを目処にエッセイやコラムを投稿している。

 前者の1日あたりのアクセス数は平均約40,000件、後者は1,700件である。前者は多い時は60,000件を超えることもあるが、2年ほど前に始めたnoteのアクセスは、ポータルサイトには及ばない。

新聞社との比較

 ここで、筆者のポータルサイトと筆者前職である新聞社朝刊と比較し、一人当たりどれほどのマンパワーであるのかを比較することにした。

 勿論、400人を超える大企業と筆者の小さな会社とは比較にもならない。しかし、数遊びとして考えてみる価値はありそうだ。

一人当たり執筆する文字数比較

 先ず、新聞社の朝刊1面あたりの平均文字数を1万2,600文字とすれば、朝刊全体28ページで35万2,800文字となる。それに携わる記者や広告担当の人数は定かでないが、仮に200人(全社員400人)として、一人当たり1,764文字の記事や社告、広告、ラテ面などを書いていることになる。

 筆者はnoteを脳トレ程度にやっているけれども、1日あたり8本の記事を書くとして、平均2,000文字程度なので、16,000文字。少ない日でも5本は書いているので、10,000文字程度のエッセイやコラムを書くことになる。

 勿論、新聞記者は自らの足を運び、取材しながら、写真を撮影し記事とするので、相当な労力を要する。記事内容も政治経済から社会、文化、教育、スポーツ、生活、ローカル情報などと多岐に渡り、大変な仕事をこなしている。

 しかし、記事の一人当たりの文字数を比較すると、筆者がやや多く文字を書き綴っているに違いない。

一人当たりの発行部数(情報発信数)

 ただ、部数は大企業である新聞社は毎日21万部の朝刊を印刷し、それを読者宅へ配達するのだから、これまた相当な労力が必要となる。筆者の場合は、1日平均4万部の記事と1700部のnoteエッセイを合わせて4万1,700を配信しているだけの話だ。

 ここで1日あたりの21万部を200人(全社で400人)で割り算すると、一人当たり1,050部を創り出している。筆者の場合は、一人当たり4万1,700部を創り出しているので、一人当たりの換算でも数値的に筆者の方が多い。

情報発信の範囲

 また、情報発信の範囲となれば、新聞社に関しては、熊本県内170万人の県民の世帯数は74万世帯、大中小企業数は約2万社なので、計76万箇所へ朝刊21万部が配達され、県内全世帯の27.6%がこの新聞社の新聞を購読していることになる。

 筆者の場合は、県境などの垣根はないので、Googleなどの検索エンジンで抽出されたり、noteの登録者であったりが読者として訪れるので、待つしかない。しかし、29年の歴史を誇るポータルサイトは根強く、1ヶ月に120万以上のアクセスを誇る。

電子版新聞の現状

 全国紙も地方紙も電子版を掲載しているが、有料版購読者の伸びは、今の段階では非常に困難極まりない状況であると推察する次第。

 それは、ネット上で国内外のニュースを束ねて発信するニュースサイト(アプリ)が多く存在しているために、ネットユーザーからすれば、無償でニュースを閲覧できると思われがちとなり、日本経済新聞社のように有料電子版で成功しつつある例は非常に少ない。

※日経新聞の紙の新聞と「電子版」有料会員数の合計は231万1369、電子版の有料会員数は90万2222と公表されている。(2023年12月現在)

紙媒体の近未来

 話は電子版に飛んでしまった感があるが、これから先の新聞社としての近未来的展望がどうなのかも気になるところである。電波媒体も同様に、クロスメディア化されたネット世界の中で、生き抜く秘策を早期に講じる必要がありはしないかと、危惧しているところである。

 筆者は新聞社出身なので、ジャーナリズムの鑑は新聞社と見ている。イデオロギーの云々の問題は別にして、電波媒体よりも紙媒体の方が信憑性は高いと見ている。即効性に欠けるものの、文字として残る媒体の方が「やらせ」などはほぼなかろうと。

歴史的な変革の時

 しかし、旧メディアとしては、現状を更に深掘りすると、歴史的な変革の時期として大きな分水嶺の前に立っている。どうすれば、従来の読者やこれからの読者の目を奪うような秘策を講じられるのか。それが、喫緊の課題のように思えてならない。

クロスメディアの時代到来

 筆者の個人的なアイデアとしては、旧媒体として、紙媒体と電波媒体を区別する時代は終焉を迎えつつある。すぐにでも、新聞社とテレビ局、ラジオ局が融合した、クロスメディアとしての事業展開が可能なものに統合合併を行った方が、これからのAI時代に適合するのではないか。

 よって、電子版新聞にしても、写真あり動画あり、音声ありで、テキストとの融合で、立体的な情報発信を考えていかねば、このままの状態では、事業内容としては時代錯誤になってしまわないかと心配するばかり。

 筆者が主催する塾のテーマは「クロスメディア」である。これは、20年ほど前から提唱してきたものであり、媒体は全て「クロスメディア」に吸収されていくに違いないと、筆者は予測している。

生成AIとの融合

 特に紙媒体では、生成AIへの取り組みはやや消極的なところもあるようだが、紙面の編集など、生成AIに任せれば、文字数も、写真の位置も、大見出しも、記事も、全て数秒で完結となれば、よりコンテンツの質向上へパワーを注げるのではなかろうかと、勝手に妄想している。

 何はともあれ、この数年で、旧媒体には大きな変革の時がやってくる。ここでAppleの宣伝をさせていただくと、数十年前から、ワープロにしても、写真以外に表やグラフ、そして、動画や音声を添付できるものだったので、既にクロスメディアとして開発を進めてきたに違いない。

 現在は、KeynoteやPowerpointなどのプレゼンテーションツールとしてそれは可能であるが、その基盤を作ったのがAppleであることを忘れてはならない。

クロスメディアは三十数年前に存在していた

 34年前には、筆者は既にマクロマインドディレクターというアプリを使用して、文字、音声、写真、動画のインタラクティブなものを生成する環境を構築していたのである。

 諄いようだが、これからの時代は、クロスメディアが当たり前の時代になるに違いないと、声を大にして宣言する。

<ChatGPT-4oによる感想>

エッセイ「メディア比較と数遊び…世の中は、クロスメディアへ」は、メディアの現状と未来を比較し、クロスメディアの重要性と可能性を探る内容です。以下に詳細な感想を述べます。

ポータルサイトとnoteの比較
筆者は、1995年に立ち上げたポータルサイト「The Rosetta Stone」と、近年開始した「note」を比較しています。アクセス数の違いは歴然で、長年の歴史を持つポータルサイトが圧倒的に多いことが示されています。しかし、noteにおける執筆の量は非常に多く、一日数本のエッセイを投稿する点で、活発な活動が伺えます。

新聞社との比較
筆者は自身のポータルサイトと前職の新聞社を比較し、マンパワーや情報発信量の違いを示しています。新聞社は大量のスタッフを抱え、大量の文字を執筆し、印刷配布まで行っていますが、筆者個人の情報発信量も無視できないレベルに達していることが分かります。ここでは、個人メディアの可能性と大企業との規模の違いが強調されています。

情報発信の範囲
情報発信の範囲においては、新聞社の配布範囲は限定的である一方、筆者のポータルサイトは国境を越えて広がりを持っています。これはインターネットの特性を活かしたものであり、伝統的なメディアと比較して非常に強力な利点と言えます。

電子版新聞の現状と比較
電子版新聞の有料購読者の増加が難しい現状について言及しています。これは、無料で閲覧できるニュースサイトが多数存在するためであり、筆者はこの点について危機感を持っています。一方で、成功例として日本経済新聞が挙げられており、有料電子版の可能性が示唆されています。

紙媒体の近未来
紙媒体の未来については、電子版との融合が必要とされています。筆者は、新聞社やテレビ局、ラジオ局がクロスメディアとして統合し、AIを活用することが重要であると述べています。この見解は、メディアの未来像を示唆するものであり、特にAIの活用がメディアの質向上に寄与するという考え方は興味深いです。

歴史的な変革の時
筆者は、旧メディアが歴史的な変革の時期に直面しているとし、クロスメディアの時代が到来していると強調しています。具体的な提案として、紙媒体と電波媒体の区別を無くし、融合することが求められています。この視点は、メディア業界が生き残りをかけて変革を遂げる必要があることを示しています。

生成AIとの融合
AIの活用については、紙面の編集やコンテンツの生成にAIを導入することで、効率化が図れると述べています。これは、生成AIの未来的な可能性を示すものであり、メディアの進化における重要なポイントです。

クロスメディアの歴史と未来
筆者は、クロスメディアの概念が30年以上前から存在していたことを強調し、これからの時代においてクロスメディアが当たり前になると予言しています。この歴史的視点と未来予測は、クロスメディアの重要性を強く訴えるものです。

感想まとめ
エッセイ全体を通して、筆者はクロスメディアの重要性と未来への期待を強く訴えています。個人メディアの可能性、大企業との比較、そしてAIの活用による未来のメディア像など、多岐にわたる視点が提供されており、メディア業界に対する深い洞察が感じられます。特に、筆者の経験と歴史的背景を踏まえた議論は説得力があり、これからのメディアの方向性について多くの示唆を与えてくれます。

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◎ロゼッタストーン公式サイト(since 1995/熊本県第一号WEBサイト)
 https://www.dandl.co.jp/Link
プロンプト・文責:西田親生


                           

  • posted by Chikao Nishida at 2024/5/27 12:00 am

本日のNHK「新プロジェクトX」には泣けた。

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 新聞社時代から現在に至るまで、「地域おこし」、「村おこし」、「町おこし」が常に頭のどこかにある筆者である。

 理由は、新聞社を若くして辞め起業する前に手掛けたのが、長崎県上五島の旧奈良尾町の「トライアスロン in 奈良尾」であった。

 新聞社を辞める4年前に、同町観光協会専務理事が熊本を訪れ、当時の交通センターホテルで会うことになった。

 相談内容を聞くと、98%若い人たちが島外へ就職や進学のために出ていくので、過疎化が加速しているとのことであった。

 筆者が勤務しているのは熊本県の地方紙であるために、長崎県の新聞社を外して、同専務理事の願いを安易に受けることはできない。よって、重役を口説き、筆者が責任を持って同町にスポーツイベントを企画することになった。勿論、事前に長崎の新聞社に詳細を伝え、了承を得た。

 筆者の頭にあったのは、当時、国内外で話題になっていたスポーツ「トライアスロン」を同町で開催することである。

 開催予定まで1年3ヶ月しかないが、それまで上五島へは、ほとんど私費で7回上陸した。町長ほか各団体の会長らへ挨拶を行い、企画案を持ち込み、「トライアスロン in 奈良尾」開催に向けて、全て承諾を得ることができた。お陰で、「トライアスロン in 奈良尾」の開催に漕ぎつけた。

 前置きが大変長くなったが、本日のNHK「新プロジェクトX〜挑戦者たち〜"破綻寸前からの総力戦" 海士町」を拝見しながら、当時の奈良尾町を思い出し、見終わった頃には、涙でテレビの画面はぼやけていた。

 海士町の町長以下全職員と町民が一丸となって、破綻を回避した秘策の数々は、その土地の住民の優しさ溢れる心が支えたに違いない。それがテレビ画面から飛び出してきた時は鳥肌ものとなり、涙が止まらなくなった。

 故郷を思う島民の姿を目の当たりにして、自分の故郷に対して期待薄となっている自分がいることに気づく。何とも情けないことだが、自戒を込めての話であるが、海士町の島民の志を手本にしたいものである。

 熊本という土地柄は、「俺が、俺が!」が多すぎて、市町村民や県民のことを、死に物狂いで真剣に考えている人間がどれだけいるのか。

 正直なところ、体裁ばかりを重んじる「俺が、俺が!」が多く、或る学識経験者の言葉を借りれば、独断的な首長が多く、海士町の町長のように腹が座った、素晴らしい人はほんの一握りではなかろうかと。

 素晴らしい番組を拝見し、心が洗われた気持ちになった。気づけば、夕食を忘れてしまったが、機会があれば、少しでも早い時期に、隠岐島の海士町を訪れたい。

※タイトル画は、DALL-Eが上のエッセイを読みイメージしたもの。

▼ChatGPT-4oによる感想

このエッセイは、NHKの「新プロジェクトX」の一エピソードに感銘を受けた筆者が、自身の経験と重ね合わせながら綴ったものであり、地域おこしや村おこしに対する熱い思いが感じられます。以下に、感想を詳しく述べます。

感動の共有
エッセイ冒頭から、筆者がNHKの「新プロジェクトX」に深い感動を覚えたことが伝わってきます。特に、「破綻寸前からの総力戦 海士町」というエピソードが、筆者の心に強く響いた理由は、過去に自らが手掛けた地域おこしのプロジェクトと重なる部分が多いからです。自身の経験を思い出し、涙を流す筆者の姿には、番組の持つ力と感動がいかに大きいかが伝わってきます。

自身の経験と重ね合わせる描写
筆者が新聞社時代に手掛けた「トライアスロン in 奈良尾」のプロジェクトは、過疎化が進む地域を救おうとする熱意に溢れています。奈良尾町での経験は、筆者にとって大きな挑戦であり、多くの困難を乗り越えたことが伺えます。特に、町長や各団体との連携を通じてイベントを実現させた過程は、地域おこしの難しさと達成感を物語っています。

海士町の取り組みへの共感
海士町の町長や住民が一丸となって地域の破綻を回避する姿に、筆者は大いに共感しています。番組を見ながら、故郷を思う島民の姿に自身を重ね、故郷に対する自分の姿勢を反省する筆者の姿は、視聴者としての正直な感情が溢れ出ています。また、海士町の町長のリーダーシップに感銘を受ける一方で、熊本の地域に対する批判的な見方も率直に述べられています。

自戒と未来への決意
筆者は、海士町の取り組みを見て、自分の故郷に対する期待が薄くなっていることに気づきます。この自戒の念は、筆者が今後どのように行動すべきかを考えるきっかけとなっています。海士町を訪れることで、新たなインスピレーションを得たいという希望は、筆者の今後の行動に対する前向きな姿勢を示しています。

結論
全体として、このエッセイは地域おこしの難しさとそれに挑む情熱、そしてその過程で得られる感動や反省を描いています。筆者の個人的な経験と感情が交錯し、読者にもその熱意と感動が伝わる内容となっています。エッセイを通じて、地域おこしの重要性やそれに携わる人々の努力に対する敬意が感じられ、筆者自身の成長と決意も見て取れます。
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プロンプト・文責:西田親生


                         

  • posted by Chikao Nishida at 2024/5/26 12:00 am

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