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Macintoshの想い出・・・

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 今を遡る事、34年前・・・そう、1984年という年は・・・ガレージファクトリーからのし上がったスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックの二人(ダブル・スティーブ)が、満を持して世に送り込んだMacintosh(可愛い短足のワンちゃんのイメージ)との出逢いの年だった。当時、私は新聞社に勤務しており、プロジェクト・プランナーとして、猪突猛進の勢いで企画事業の業務を捌いていた頃の話である。

 注文していたMacintosh到着の当日、わざわざ公休を取って、自宅マンション玄関とリビングルームの間を、今か今かとソワソワウロウロしながら待っていた。「ピンポ〜ン♪ピンポ〜ン♪」・・・飛びつくようにドアの覗き穴に眼球が貼り付くほどに覗き込む。そこに映った映像は、帽子をかぶった宅配便の人のようだ。ドアを開けると、真っ白で大きな立方体の箱がドドドッと入って来た。

 宅配便担当者の顔など全く見る事も無く、「大きな箱ですね!ありがとう御座いました。」と言いながら、失敬とは思いつつも私の視線はレーザービームのように箱に突き刺さっており、余所見をしながら確認印を押したような気がする。(確認になってない!)・・・何だかワンちゃんが、カサカサと音がする紙袋を必死に凝視しているような、あの状態である。

 箱の表面には、ブラシのタッチでさらっと描かれた鮮やか色のMac-intoshのイラスト、まるでピカソが描いたかのような、アーティスティックでビビッドな色合いのイラストであった。

 ドキドキしながら、その箱をそーっと開いて行った。ビニールをちぎるように破り、取り出した物がMacintosh(128K)であった。結構、どっしりと重かった。確か7キロほどあった。現在、オフィスの倉庫の何処かに、最初のMacintoshの他、Macintosh Plus、DynaMac(アップル社からは正式に認定されなかったような記憶がある)、Macintosh SE/30、Macintosh Classic、Macintosh Classic II、Macintosh Color Classicなど、数台が眠っているはずである。

 そそくさとキーボード、マウス、プリンタをケーブルで繋ぎ、スイッチを入れてみた。・・・「プ〜ン♪」という音とともに、小さな画面の中央にニッコリマークの可愛いアイコンが登場。英語で書かれた取説など目もくれず、いきなりMacPaintやMacDrawを使って遊び始めたのである。

 気付けば、窓の外は真っ暗となり、夕食も忘れた事に気付き、苦笑い。・・・3.5インチのフロッピーを取り出そうと、取り出しボタンを見つけるが・・・全く無い。自動的に飛び出るように設計されているようだが、万が一、フロッピーが詰まったままになったらどうしようかと悩んでしまった。(フロッピー装着口右の小さな穴が強引に取り出す為のものらしい)

 Macintoshは、当時も今も私にとっては、マイホームと車に次ぐ高額品である。実は、新車を買うか、車の替わりにMacintoshを買うのか、2〜3ヶ月悩んでいたのだが、手持ちのシャープMZ-5500やMZ-6500とお別れを決めた為に、車に替わりMacintoshがプライオリティ1となってしまった。

 その後、このMacintoshは、勤務していた新聞社の私のデスク上にさっそく設置され、それ以来、多くの企画書などの作成に活躍する事になる。また、サンダースキャンを使って写真などをコンピュータに読み込み、イベントの図面や予算書などもお茶の子さいさいと、立て続けにセミナーやイベントの企画書を作成して行った。

 しかし、問題が二つほど出て来た。・・・一つは、上司(部長)が「玩具を持ち込むな!新聞社は万年筆や鉛筆を使うんだよ!」といったクレームや嫌がらせが多発。二つ目は粗いドットプリンタなので、日本語を打ち出すと文字が大き過ぎて使えない。この2点が私の頭を悩ませたのであった。前者は当然無視する事で問題は解消。後者はプリントしたものを、縮小コピーをする事で解消した。(紙の無駄遣いだが)

 以上のように、1984年は私にとって忘れられない年となった。大袈裟に言えば、我が人生のベクトルを大きく変える年だったのかも知れない。

 十数年ぶりに倉庫の手前にちょこんと座っていたMacintosh Plusを引っ張り出してみた。やけに寂しげにしているようなので、オフィスのフロア中央に置いて記念写真を撮ることに・・・。生みの親の急死の知らせが伝わったのか、初めてデジタルカメラで撮影(当時デジカメは世に存在していなかった)されるにも関わらず、顔色が無いように感じられる。

 これから毎年、10月5日のジョブズの命日に、「プ〜ン♪」という音を奏でてMacスマイルを画面中央に出してくれれば良いのにと思った次第。・・・今日のMacintoshの画面は真っ暗だが、たぶんそこには透明サッドマックが居るような気がしてならない。

※サッドマック=泣き顔をしたアイコン(非常事態を知らせる時に出て来るアイコン)

 ペットのような生き物に見えてしまう、Macintosh。この小さな1台が巨人IBMに立ち向かい、パソコンの常識を変え、世界を席巻して行ったのである。1984年にスティーブ・ジョブズが放った言葉・・・「Think different!」・・・この意表を突くフレーズが全てを予言し、不可能を可能に塗り替えて行ったのかも知れないと・・・。


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  • posted by Chikao Nishida at 2018/7/13 01:29 am

救いようのない人間・・・

▼写真はイメージ
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 ここ1年を振り返ると、思いの外、姑息な人をあちこちで見掛けた。常に自己中心的で、自分大好き、自分サイドさえ潤えば良いとする人である。それも、日頃の素行や言動が軽く、責任転嫁の雨霰。緻密な思考回路が無いようで、文章(特に長文)をまともに解読できず、一攫千金を狙うだけの、さもしい人間であった。よって、我々が望む共存共栄の輪の中には、絶対に入れない人種なのだろうと。

 正直なところ、会話をするだけでも、意味のない言葉が単なる雑音として耳に入るだけで、どっと疲れてしまう。それは、夢のような儲け話だったり、小銭稼ぎの自慢話だったり、自宅や車の自慢話だったりと、聞いても何の価値もない、浅知恵だけが練り込まれた稚拙な会話内容である。

 それを自分なりに一端の大人と思い込んでいるのが厄介。学歴には一切関係のない話だが、幼少の頃の育ちの悪さや、しっかりとした躾を受けていないのも大きな要因であり、歪みきった性格や悪玉友人たちにも感化されているに違いない。尤も、うっかり八兵衛のような慌て者が、時折、ツキノワグマのように落ち着き無くウロウロしている中で、他人の助言に対して急にキレたりする。大人の格好をした小学生である。これを、「こどな」と呼ぶが、自分の「心」をコントロールできない、悲しい人なのだ。

 筆者も若かりし頃、短気で損したことが多々あった。そこで、近しい人たちが指摘してくれたり、先輩の厳しい助言を受けたり、両親との話し合いの中で、じわじわと自分自身の立ち位置や身の丈が見えてくるようになり、最近では、瞬間湯沸かし器のように激怒爆発することは無くなった。

 ただ、今でも人として筋の通らぬことは許さず、とことん軌道修正へと持ち込むような「世直し侍」的なところを内に秘めてはいるが、どんなに心配して言っても聞く耳を持たぬ人は、如何に情熱を持って接したとしても、歪んで解釈されるばかりで、もうお腹いっぱいとなってしまう。こんな親父に育てられなくて良かったと、姑息な人たちを見ては、「本人も可哀想だが、子供はもっと可哀想!」と独り言を呟くばかりとなる。

 最近は、嘘の上に嘘を塗りまくる超虚言癖の新種も現れた。とことん自分大好きなようで、言葉の端々には「愉快犯」的な性格が見え隠れしており、ただニヤニヤ笑いながら、嘘をつく始末。その嘘により人様が右往左往するところに快感を持つのだろうが、筆者にとっては、なかなか珍しい新種だったので、一部始終、様子を伺ってみた。・・・結局、全てが間抜けな道化師に見えてしまい、その矯正については、いかなる手法を講じようが、困難であると判断した次第。先般、「民度」について記事を書いたけれども、その「民度」についての概念さえないのだから、致し方ない。


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  • posted by Chikao Nishida at 2018/5/18 11:39 pm

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