ロゼッタストーンBLOGニュース

The Rosetta Stone Blog

カテゴリー » エッセイ・コラム

強者は弱者、弱者こそ強者なり。

800_9630


 常に一匹狼の強者スタイル。不慮の事故が起きようが、崖っぷちに立たされようが、メンタル面で弱音を吐かない。足の親指の爪が剥げようが、指先に竹が刺さろうが、痛さを我慢してでも消毒、テーピングして自分で治す。しかし、どう見ても、体裁や見栄のところが潜在的にあり、痩せ我慢なところは否定できない。

 一方、一般的に弱者と思われがちな人は、不慮の事故に遭遇すると非常に凹む。辛そうな表情や息絶え絶えの口調に、周囲の人たちは同情して守りに入る。カッターで数ミリ切っても、喉が少々イガイガの程度でも即病院へ走る。それは、時には過敏すぎて医療費の無駄遣いともなるが、平穏無事な生活を守るための防御姿勢であるに違いない。

 荒波の人生で生きて行く上で、どちらが楽で合理的か否かの比較はできないが、強者と弱者の中間的なスタンダードな人間も存在する訳だ。なかなか、人間という動物は良くできている。

 しかし、その他にも、或る時は強者であったり、また或る時は弱者であったり、またまた或る時は仙人のように周囲に無関心であったりする人もいる。演技性に長けている、演出過多の人間であるが、これは論外とする。何故なら、このような人間は詐欺師ようのな人物が多く、語るに値しない。

 本日は、弱者と強者のみを取り上げ、検証して行きたいのだが、なかなか教科書的な正解を導き出すには、筆者にとっては難問すぎる。しかし、もっと突き詰めたという気持ちの方が強いので、続けることにする。

 自己分析を行えば、どちらかと言うと、筆者は前者の強者の部類に属するのだろうと。よって、周囲に弱音を吐くことを、知らぬ内に拒絶している。関節や筋に強い痛みを感じても、何日掛けても、自己治癒力を信じ、何とか治す。信義則を尊び仕事をしている中で、それに対して懐疑的に扱われても、直球のみを投げて突進する。

 強者としての性格を与えられたのは、多分に、幼少時に独りぼっちが多く、父の転勤ばかりの職業や家族バラバラの環境下で育った事に起因すると考えている。転勤により、必然的に子供は他県の学校へ転校せざるを得なくなり、常にニューフェイスの挨拶で新学期を迎えることになる。

 新しい友人との出会いも楽しくはあったが、常に孤独感に浸っていたというのが本音である。幼少期から小中高と同じ地域で育つのであれば、雑念無くして楽しかっただろうと、現在でも転勤族であった我が家を好ましいとは思わない。常に父の都合だけが前に突き出され、筆者の希望なんぞ通る可能性は無かった。

 自分自身が弱者になれるのなら、どれだけ楽だろうと、つまらぬ思考を巡らしたこともある。ちょっとした痛みでも、大声でバタバタと暴れ、叫びながら病院へと連れて行ってもらいたいと思った時期もあった。しかし、常に唇を噛み締め、痛みを堪え、親にも兄弟にも友人にも黙って過ごすパターンであった。

 これは偏った持論であると自覚はしているが、2年から3年越しの転校をせざるを得ない人間にとって、強者か弱者かの選択肢を与えられれば、どうしても強者しか選べないのだ。もし、弱者を選べば、必ずや虐めに遭遇する確率は高い。何度も転校を体験すると、転校初日の自分の軸をぶらさず、ポーカーフェイスで対応しなければならなかった。

 暴力沙汰は絶対にタブーだが、二つ目の転校先の高校では、転校二日目にして番長らしき人間と対峙してしまい、相手が筆者の胸元を掴んで恫喝したのである。その腕を振り払った瞬間にボタンが3個ほど取れてしまった。ボタンが落ちるや否や、相手を数発殴ってしまった。相手の顔は大きく腫れ上がり、口の中を切っていたので流血事件となった。

 筆者はその番長らしき人間を引っ張って校長室へ連れ込み、「このようなつまらん高校へは通えない!」と言って、すたこらさっさ自宅へ戻ったことがあった。今考えれば、番長らしき人間のご挨拶程度の恫喝だったのだろうと。そこで、弱者に成り済まして、頭を下げて「よろしく!」と、震えながら言っておけば、大ごとにならなかったのかも知れないと、今では苦笑いものである。

 上記のような体験が多々あったから、学校の「虐め」と聞くと、我慢ならない筆者がいる。強者ぶっている番長は、多分に寂しがり屋さんで、仲間が沢山いないと安心して学校へも足を運べず、遊びもままならないのだろうと。筆者もこの一度だけ人を傷つけたことへ、今でも、「短気は損気」と自分に言い聞かせながら、当時の自分の採った行動を反省してきた次第。

 幼少時から強者の枠組みを摑まされたのは良いが、実は、心の叫びを伝えたくても伝えられない、とても不器用な自分がいるのである。あれから暴力は絶対にダメだと言い聞かせて数十年。今ではカミソリのようにキレまくっていた人間ではなく、できるだけ相手の立場に立ち、考える習慣づけは出来たように思える。しかし、なあなあ事や詐欺などの悪事は絶対に許せぬ、勧善懲悪的な己は全く変わらないところが面白い。

 わたくし事の体験談で申し訳なかったが、畢竟、強者はすこぶる弱く、弱者に見える者ほど強いという事である。

 蛇足ではあるが、写真に1994年にリリースされたMacintosh Color Classic IIの写真を掲載した。その理由は、新聞社を経て独立の道を選んだのだが、筆者の業務をしっかりと支えてくれたのが、有能なスタッフやこのマシンたちだった。強者と思われがちな筆者は、いつの間にか、スタッフやマシンに支えられてきたのも、皮肉な話である。

 ただ、一回きりの人生において、弱音を吐くのを聞いてくれる人が一人でも居れば有難く、人生は孤独とはなり得ぬことを、遅ればせながら知り得たのだった。・・・人は独りでは生きて行けないのだから。

 ※筆者の思い出深い第1号マシンは、アップル社1984年製のMacintosh 128である。

◎ロゼッタストーン公式サイト(since 1995)
 http://www.dandl.co.jp/Link


                 

  • posted by Chikao Nishida at 2018/8/6 12:28 am

取材への思い・・・

▼鹿央古代の森(山鹿市鹿央町) 古代蓮園の蓮の花
D75_3324


 仕事柄、取材は重要なルーチンワークである。第三者からの紹介があったり、公的施設の四季折々の変化を垣間見たり、美味しそうな料理を食べてみたりと・・・、インターネット事業を1995年8月22日に立ち上げて以来、日々変わることなく、クライアントからの要請やその他周囲の情報を吟味しながら取材を行い、一所懸命に記事を書き綴ってきた。それは新聞社時代に学んだ「公正中立」という精神が軸となっている。

 ところが、取材をする時に、人対人の場合、どう逆立ちしても水と油で噛み合わぬ事もある。初手から警戒心のオーラが出ている人に遭遇すると、質疑応答が空回りとなり、如何に公正中立な立場で取材を試みても、期待する言葉が返ってこない。それは、筆者の不徳の致すところだが、ここ2年間、特に熊本県北部をターゲットに足を踏み入れて、感じたことであった。

 また、長年のクライアントであっても、気づかぬところで、すれ違いや誤解も生じているのは否めない。弊社が管理運営をしているポータルサイトのニュースの中で検索をすると、そのクライアント情報が100件以上もニュースとして掲載されているにも関わらず、筆者の熱意が全く伝わらないケースもある。人それぞれに、考え方や価値観が異なるのは理解できるが、思い込みという私情が絡むのか、残念ながら、ニュースの価値がリアルタイムに伝わらず、死に記事の様相を呈している。

 では、取材の目的とは何ぞや!?・・・頑張って光り輝いている人、困り果てている人、笑い転げている人、四季の風物詩、食文化などの文化的なもの、意表を突くような催事など、「時流」を素早くキャッチすることに尽きる。それを記事として、公然の場に、脚色なく信憑性の高い情報発信を行うことで、ある時は「改善・解決」に繋がり胸を撫で下ろしたり、取材のターゲットとなった人の喜ぶ顔を見ては幸せになるのである。社会正義はマスメディアに任せれば良いことで、筆者は、しっかりと現世の「喜怒哀楽」を正確に描写することで宜しかろうと。よって、情報の信憑性が高ければ高いほど、公の情報として、不特定多数の方々に微力ながら役立つことになる。

 それに反して、今でも理解に苦しむ取材ケースが幾つかあった。それは、取材の挨拶をするや否や、その地域のいろんなネガティブ情報ばかりが返ってきて、結局は、他人の誹謗中傷が情報のメインとなってしまった。とんでもないと思いつつも、少しでも距離を詰めようと努力をしたが、最終的に懐疑的なオーラしか見出せなかったので、そのピンポイント取材を断念したのだった。

 或る人物は、Facebook上で自分が押している議員の動静を書き込んだり、議会傍聴券を撮影してはアップしたりと、常識の尺度が歪みきった動きを始めた。そこで、「民度」の低さの醜態ぶりを指摘したのだが、今でも筆者の指摘を善意の助言として理解してはいない。また、別人の話だが、話は常に大風呂敷。個人的な疾病についても、疾病部位の写真をFacebook上に披露しては、周囲の同情を煽っている。大の大人の業ではないが、現在も赤恥をかきつつ、SNS上で個人情報バリバリの日記を書き綴っている。・・・そのような人たちは、申し訳ないが、取材ターゲットしては役不足となる。いや、「触らぬ神に祟りなし」のリスト入りにする方が賢明となる。

 近頃の取材活動で、ネット事業開始以来、未曾有の取材展開を試みた。それは、「鹿央」というキーワードで、6月12日以来23本の記事を書き上げ、ネット上に披露したのである。勿論、同地へ足を運んだのは1ヶ月半ほどで30回は超えている。熊本市内から往復50キロほど走ることになるが、いつの間にか、車のお散歩コースの如く、すこぶる近所に感じるようになった。記事を掲載すると、素直に満面の笑みで喜んでくれる人たちばかりで、逆に記事を書くことが楽しくなったと言うのが本音である。本来ならば、撮影した人たちの写真を大きくプリントしてプレゼントしてあげたいが、正直、予算がないので、申し訳ないが、複合機で出力したものを個々に手渡している次第。

 常に面白い情報に飢えている筆者である。「さて、次はどこに行こうか!?」と・・・。


▼旧細川刑部邸(熊本市)の手水鉢
800_7586


▼泉水園(山鹿市菊鹿町)のトマト
D75_2998


▼鹿央古代の森(山鹿市鹿央町) 古代蓮園の蓮の花
D75_3328


▼鹿央物産館 やすらぎ館(山鹿市鹿央町)での一コマ
D75_1510


▼広東料理(福岡市/ホテルオークラ福岡 桃花林)
IMG_3166


▼カルペ・ディエム(山鹿市菊鹿町)のピッツァ
D75_3109


▼泉水園(山鹿市菊鹿町)の手焼きせんべい
D75_2906


▼上内田川(山鹿市鹿本町)
850_3774


◎ロゼッタストーン公式サイト(since 1995)
 http://www.dandl.co.jp/Link

           

  • posted by Chikao Nishida at 2018/8/3 12:00 am

1995年以来情報発信している老舗ポータルサイト「ロゼッタストーン」のブログをお楽しみ下さい。詳細はタイトルまたは、画像をクリックしてご覧ください。

behanceオブスクラ写真倶楽部ディー・アンド・エルリサーチ株式会社facebook-www.dandl.co.jp