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優秀な社員は、経営者の立派な人格の下に育ち、高度な人材育成システムが、企業力を増強させる!

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 要らぬ世話だが、近頃、某企業がすこぶる気になって仕方がない。歴史ある企業なので尚更のことだが、昔のイメージとは真逆で誤ったベクトルへと移行し、二進も三進も行かず、社員の不満大爆発寸前の状況に陥っている。

 それは、経営側の役員の無能さと人格欠如が大きな要因となっている。経費節減として、コロナを理由に、冷酷にも大量人切り。数字を喧しく言うばかりで、自ら秘策を立案実行する能力もなく、ただ数字のみで部下を恫喝し始末する。「責任転嫁の雨霰」という最悪の事態となっている。

 極論を申し上げると、独裁国家のイメージを彷彿させる。責任逃れのために、部下に難癖をつけ恫喝、処分することが、役員たちの職権であると履き違えている点が稚拙極まりなく、また、この稚拙役員軍団を放任している社外取締役や株主も、責任がないとは言い難い。

 この時代に、危機感もなく、稚拙役員軍団自体の非力さに猛省もなく、ひたすら部下に近寄っては小言や嫌味を発したり、難癖をつけている。指示する内容は、行き当たりばったりの思いつきばかり。自分が指示するものが正解であるかの確証もなく、職位に溺れて、ただ無駄に動いている。

 その動きが社外に察知されないと思い込んでいるところが稚拙なる体質だが、傍観しているだけでも、関心のある部外者は、その実態に違和感と危機感を持つに違いない。また、性懲りも無く異様なる秘密主義を貫き通しているが、社外取締役や株主に、全て筒抜けの状態となっているのも事実。

 自分で立ち上げた企業ならば、創業家としての重責、プライドもあり、日々人材育成、商品開発に力を注ぎ、その企業が永年安泰であるための礎を築く。ところが、雇われの無能なる稚拙役員軍団は、企業危機についても他人事、対岸の火事のように振る舞い、自分の首の皮一枚のみを死守しているのみ。

 極端な話、稚拙役員軍団が退任するまでは、多額の役員給与を貰い、退任後にその企業がどうなっても構わない程度の話であろうと。過去二度も万歳した運営会社からの出向組なので、結果は見えている。危機感もなく、保身に回ることが、メイン・ルーチンワークとなっている。

 酒癖、女癖の悪い役員もいれば、会社法も経営学も全く知らぬだらしのない役員もいる。よって、将来を期待される若手スタッフたちは、哀れとしか言いようがない。若手社員が、どんなに高学歴であれ、高レベルのキャリアを持っているとしても、その能力を伸ばす環境が整っていない。

 健全で人格者であり有能な人々が役員として勢揃いしている企業と比較すると(比較するのは失礼な話)、同じ株式会社とは思えない。万が一、これからも稚拙役員軍団が恫喝と責任転嫁、嫌がらせ人事異動及び人切りを続けれるとなれば、某企業が空中分解するのは、時間の問題となってしまう。

 某企業が空中分解ステージIVとなる前に、社外取締役や株主は、厳格なる調査を行い、現在の稚拙役員軍団の処遇は急務である。最近でも、パワハラ事件や機密情報漏洩、証拠隠滅などを犯している。更には、長きに渡り、企業の私物化が行われて来たところなので、二の舞を演じるのは、ここらで終止符を打つ必要がある。

 人を育てぬ企業に、明るい未来などあるはずが無い。そこは社外取締役も株主も、丸投げして単に傍観するのではなく、徹底的に厳しく責任追及を行い、経営側の大解体大改造を行うべき段階に来ている。

 正直なところ、稚拙役員軍団の各人ができないことを、部下に無理強いさせているのだから、理不尽なる「パワハラ経営」としか言いようがない。性懲りも無く、今日もまた、能無し鷹たちの爪を出しっぱなしの状況が続いている。

 因みに、先日、某企業の元重役と長時間話す機会があった。「あの男は、土下座して謝罪したかと思うと、次の日はケロッと反省の色なく、同じ事を繰り返している。普通、大の大人が簡単に土下座なんてしませんよ。先はそう長くはないと思ってはいますが、このままだと大変なことになるのは間違いないと思います。」と、肩を落としていた。

 余談だが、元重役の話を具に分析すると、「あの男」は「演技性パーソナリティ症候群」の疑いありと見ている。過去にもパワハラ事件を二度ほど起こしているという、信憑性の高い情報(本人が吐露)もある。しかし、運営側はそれを確と把握していない。よって、このまま放置となると、被害は会社全体に及ぶ危険性もある。いや、既に社員全員に及んでいるのである。

 マスコミは、一企業、一個人の問題は、名誉毀損の可能性も多々あると言って、このような社会的闇の問題に真正面から向き合おうとはしていない。何か具体的に被害があり刑事事件が発生したら、動き出す。その流れのようだが、これも警察と同じことで、「具体的な被害があれば」という条件を付けている。それでは、社会的闇の部分に光が射し込むはずがない。

 畢竟、危機的状況の下で、日々不安と恐怖に苛まれ、ストレスに押し潰される若き社員たちを救う手立てはないと言う事になる。事実確認をするのは簡単な事。少数の稚拙役員軍団により、相当数の社員の生命と将来が掛かっている社会問題として取り扱うのは、マスコミとしての責任ではないかと考える次第。

 「優秀な社員は、経営者の立派な人格の下に育ち、高度な人材育成システムが、企業力を増強させる!」と、全く真逆を走る企業は、どこへ向かっているのだろうか!?大量人切りで職を失った若き元社員たち。彼らの生活及び将来は、誰が保障してくれるのだろうか!?例え、一企業と雖も、これは大きな社会問題と言っても過言ではない。

 この世の中は、理不尽なことが多すぎる。本当に、多すぎる。


kikitekikigyou


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  • posted by Chikao Nishida at 2022/5/28 12:00 am

ここ一番の時に、人は本性を現わす・・・

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 助けてくれる人、見捨てる人、難癖つけて逃げる人・・・これが、世の中である。

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 誰しも、自分が思うように物事が動かないことがある。筆者も、半生を振り返れば、山あり谷あり、紆余曲折の時を耐え忍んできたように思えてならないが、情けないやら、今も尚、現在進行形である。

 人生は、死ぬより生きる方が険しく大変だと言われるけれども、諸先輩の話を聞けば、なるほどと頷くばかり。その笑顔の奥には、私たちが想像を絶するような苦労も辛抱も沢山あったに違いない。しかし、そこはポーカーフェイスの諸先輩。見事である。(武勇伝を自慢げに語る先輩は除く)

 ここ数年間を振り返るだけでも、タイトルの通り、「ここ一番の時に、人は本性を現わす。」を身に染みて感じたことがあった。善かれと思い一所懸命に仕事をしても、契約先が豹変して難癖つけたり、契約不履行で逃げたり、愕然とすることがあった。

 固い絆であるはずの「信頼」という太いパイプも、一瞬の内に崩れてしまう。その時、その人の言動を冷静に分析すると、これまでにこやかで素敵な人間像であったはずが、嘘のように悍ましい残像として、投影される。

 取材を続けている中で、時折、事前連絡もなくドタキャンが増えたり、根拠もない悪い噂(濡れ衣)を流されたり。コンサル契約を自から依頼しておきながら、突然反故にしたり。敬愛の念も、仕事への情熱も全て嘘であったかのような愚行に触れて、心折れることもあった。

 大切な「信頼関係」であると考えていたが、悪い夢でも見ているような気分である。マグネシウムが一瞬にして燃え上がり、昇華する様とよく似ている。残されたものは、虚無感のみ。これまでの数年間、数十年間というものが、毒々しいフェアリーテールとなってしまう。とても残念なことである。

 上述のように「ここ一番の時に、人は本性を現わす。」に直面した時は、腑が煮え繰り返るほど腹立たしく、何度も何度も唇を噛み締めるが、逆にポジティブに前に前に進むよう、自分に言い聞かせながら尻を叩き続けることにしている。

 目の前を通り過ぎて行った人の中にも、極めて稀だが、人としてありえないほどの「捨て台詞」を置き土産にする人がいた。

 「今まで、いろいろ協力してきたじゃないですか!」、「今まで無理をして、頑張って来ましたよ!」、「優遇してもらったけど、肩身が狭くてダメなんです!」など、恩着せがましかったり、意味不明な言葉が飛び交った。仕事は互いの信義則を礎に成り立つものだが、一方的で的外れな言葉に閉口するばかり。多分に、社内又は家庭内で問題が生じたのだろうと・・・。

 「信頼」とは、距離が近くなればなるほど、礼節を重んじつつも、遠慮なく、敢えて相手の為に苦言を呈したり、冗談なり本音を言える間柄となる。しかし、豹変した人は、お金を支払う方が偉いかのような態度になったり、「恩着せ」という不協和音を放つ。仕事において全く問題はないのに、歪んだ感情的なものが噴き出してくるのだ。

 相手を「信頼」しているからこそ、コンサルとして契約、そして助言ができるが、そこで「恩着せ」を盾に、「実績」を無視することは、難癖や履き違えとしか言いようがない。唐突だが、「愛」と「恋」との違いが頭に浮かぶ。極論ではあるものの、「愛」は対価を求めず、「恋」は対価を求めるということだ。

 よって、「恋」には「失恋」という言葉があり、「愛」には「失愛」という言葉は存在しない。そこに大きな違いが有りはしないかと、筆者なりに考える。分かりにくく、アブストラクトな見解で申し訳ないが、筆者はそう感じてしまうのである。

 自称仕事人の筆者は、受けた仕事は200%でお返しするを常として来た。勿論、その情熱を充分汲み取ってくれる人もいる。時には、「これだけしてもらっても当然!」と、お金を支払う方が如何にも上位であるかのように、段々とその横着ぶりが露呈する人もいる。

 不適切な表現になるが、手首まで食って、更に、肘まで食い、旨かったら、肩まで食ってやろうという、貪欲さというものが滲み出ている訳だ。そこで、貪欲さの対象が見当たらなくなると、さっさと心無い置き土産となってしまう。

 以下は自己反省に基づくものだが、筆者の考え方や遣り方で不味いところは、200%の仕事で恩返しという点である。よって、皆さんが仕事を受ける場合は、契約に基づき、契約外業務まで首を突っ込み、世話をする必要はないということだ。それは、善かれと思い突っ込んだとしても、如何せん、「評価」は無視される可能性は高い。(良い時は良く、悪い時は最悪のレッテルを貼られてしまう)

 勿論、契約相手が人格者であり、互いに共存共栄へ必要不可欠なる間柄としてスクラムを組むのならば、200%と言わず、1000%の気力と能力をもって対応すべきだと考える。

 仕事には「愛」をもって臨み、また、大切な人へは唯一無二なる「愛」のみで勝負するのが一番であると。どんなに否定されようが、どんなに異見されようが、筆者の仕事への拘りやスタンスは、生涯変わることはない。


▼熊本県農業公園カントリーパークの薔薇の花
iyashi20220526


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  • posted by Chikao Nishida at 2022/5/26 12:00 am

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