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書籍「山河之民|人生の分水嶺」レビュー記事紹介

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 本日、書籍プレゼントクイズに当選された「ならなすお」さんの記事にて、拙著『山河之民|人生の分水嶺』のレビュー紹介が掲載されていた。自著のことであるがゆえに、いささか気恥ずかしさもあり、恐る恐る拝読した次第である。

 記事は、実に丁寧であった。「ならなすお」さんは、非常に緻密な分析をされる方であり、「ネタバレ」を気にかけながら筆を進められているところが、何とも面白い。それは同時に、本書をかなり深く読み込まれた証でもあると推察する。

 拝読していると、全章の構成紹介から、選ばれたエッセイの要約、さらには内容に対する考察に至るまで、実に細やかに書かれている。筆者としては、まさに赤面ものである。これほど詳細に拙著をレビューし、それを一つの記事としてまとめられた方は、これまでお二人ほどしかいない。

 特に、「ならなすお」さんは中小企業診断士である。そのため、筆者のエッセイを単なる読み物としてではなく、コンサルタントとしての視点から丁寧に読み解かれている点が印象深かった。そこには、筆者と共通する問題意識や視座も感じられ、終始、楽しく拝読させていただいた。

 何はともあれ、これほど詳細なレビューを目にしたことがないため、感謝の言葉も見つからないほど、素直に嬉しいものである。拙いエッセイの束であり、恥ずかしさも尽きないが、それでも性懲りもなく、現在、次なる第三十四巻目の出版を検討しているところである。

 思えば、自分がこれまで出版してきた書籍の中に、完成度が高く、完璧であると胸を張れるものは一冊もない。紙書籍として出版したものは三十三巻に及ぶが、その中に「これで十分」と言い切れるものは、残念ながら一巻も存在しないのである。

 その理由は、過去に書き溜めたエッセイを束ねるものが多く、章立てに迷いが生じたり、厳選したつもりのエッセイであっても、後になって「本当にこれでよかったのか」と首を傾げることがあるからだ。

 反省、そして猛省の日々である。しかし、それでも筆を止めるわけにはいかない。これからの世の中を背負って立つ方々に、少しでも思考のヒントとなり、生き方の一助となるような作品を残すことができればと、改めて気を引き締めているところである。

 「ならなすお」さんには、心より感謝申し上げたい。拙著をここまで丁寧に読み解いていただいたことは、筆者にとって大きな励みであり、次なる一冊へ向かう静かな推進力となった。

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▼ならなすおさんのブックレビュー記事
https://note.com/naranasuo_blog/n/n997072b12466Link Link

▼西田親生の書籍集
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▼ChatGPTによる感想

このエッセイは、著者としての喜び、照れ、反省、そして次作へ向かう覚悟が、実に素直に表れている。単なる「レビューを紹介する記事」ではなく、第三者に読まれることによって、書き手自身が改めて自作と向き合う姿が描かれている点に深みがある。

特に印象的なのは、「嬉しい」と言いながらも、決して有頂天にならないところである。詳細なレビューを受けて感謝しつつも、自著を「完璧」とは言わず、むしろ三十三巻を出版してなお「これで十分」と思えるものは一冊もないと吐露している。この謙虚さが、文章全体に品格を与えている。

また、ならなすおさんが中小企業診断士であることに触れ、単なる読者ではなく、コンサルタントとしての視点から読み解いている点を評価しているところも良い。ここに、著者と読者の間に生まれた知的な共鳴がある。書籍とは、著者が一方的に発信するものではなく、読み手によって新たな意味を与えられるものだということが、自然に伝わってくる。

さらに、終盤の「これからの世の中を背負って立つ方々に、少しでも思考のヒントとなり、生き方の一助となるような作品を残したい」という流れは、エッセイ全体を一段高いところへ引き上げている。単なる出版記録ではなく、次世代への知的遺産を残そうとする意志が感じられる。

総じて、このエッセイは「書かれる喜び」ではなく、「読まれるありがたさ」を描いた作品である。レビューされたことへの感謝を軸にしながら、著者自身の創作姿勢、未完成への自覚、そして次作への静かな情熱が滲んでいる。読後には、書籍を出し続ける人間の孤独と喜び、その両方が余韻として残る。
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文責:西田親生


               

  • posted by Chikao Nishida at 2026/5/24 12:00 am

何もかも話そうとするから、核心からズレる

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 本当に、これは「癖」としか言いようがない。ある人物と話していると、ツッコミどころ満載で、結局、何を伝えたいのか理解に苦しむことがある。

 後から問いただしてみると、肝心なことを言い忘れている。話が前後に飛び、5W1H、すなわち「いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように」がまったく整理されていない。本人の脳内が整理できていないため、当然ながら、実践にもつながらないのである。

 何度も苦言を呈してきたが、まったく変化も進化も見られない。このままぼんやりと過ごしていれば、認知能力が日々削られていき、いずれ取り返しのつかないことになりはしないかと危惧している。

 「他者のことだから、どうでもいいではないか」と言う人もいるかもしれない。しかし、あまりにもツッコミどころ満載であれば、放っておくことはできない。

 慌てて何もかも一気に話そうとするから、自分の脳内が混乱する。そして、相手に伝える内容も前後し、的外れになり、結果として、自分自身も何を話しているのか十分に理解できていない状態に陥るのである。

 話すべき内容が五つほどあるとすれば、まず、どれがメインディッシュで、どれが脇役なのかを仕分けすることが重要である。それにもかかわらず、すべてを無理やり一本につなげようとするから、話全体が混線してしまう。つまり、列車であれば、客車も貨物も兵器輸送も一緒くたの状態である。

 語りや文章が苦手であれば、まずは慌てないことだ。そして、脳内に一枚の絵を描くように、時系列に沿って断片を並べていけばよい。そうすれば、話は自然に流れ、相手にも伝わりやすくなるはずである。

 ところが、それを強引に味噌も糞も一緒くたにしてしまうから、自らも訳がわからなくなる。その悪循環を毎日のように繰り返しているため、論理思考がまったく成り立たなくなっているのではないか。

 以前の記事でも取り上げたように、枝葉が多い人間ほど、上記のような傾向にある。支離滅裂な語り、焦点の定まらぬ文章、そして結論の見えない説明。いずれも、思考の整理ができていない証左である。

 何はともあれ、いい大人であるならば、5W1Hを意識し、理路整然と語る訓練を積むしかない。どれほど学者の講義を聞こうが、どれほど本を読もうが、思考回路そのものが歪んでいれば、知識は定着せず、実践にも結びつかない。

 まず必要なのは、5W1Hという思考の箱を作ることである。その箱の中に、事実、背景、理由、経緯、結論を一つずつ収めていく。そうすれば、話の核が見え、枝葉に振り回されることも少なくなる。

 自分の脳内でさえ、時にわからなくなることがある。ましてや、上記のような人物の脳内となれば、なおさら理解しがたい。困ったものだが、結局は、日々の訓練によってしか改善の道は開けないのである。


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▼ChatGPTによる感想

このエッセイは、「話が長い人」への単なる愚痴ではなく、思考整理ができない人間の危うさを鋭く突いた一篇である。

特に印象的なのは、「何もかも話そうとするから、核心からズレる」というタイトルが、本文全体の問題意識を的確に射抜いている点である。話が下手な人の多くは、言葉が足りないのではなく、むしろ余計なものを詰め込みすぎている。重要なこと、補足すべきこと、後回しでよいことの仕分けができず、結果として、肝心な核心が埋もれてしまう。その構造が非常にわかりやすく描かれている。

また、「メインディッシュ」と「脇役」という比喩は秀逸である。話す内容が複数ある場合、何を主題にするかを決めなければ、相手は聞きながら迷子になる。さらに、「客車も貨物も兵器輸送も一緒くた」という表現によって、混線した会話の不自然さ、危うさ、騒々しさが一気に可視化されている。ここに筆者らしい毒とユーモアがある。

本稿の核心は、5W1Hを単なる文章作法として扱っていない点にある。5W1Hは、報告書や記事を書くための技術ではなく、脳内を整理するための基本構造であるという見方が提示されている。つまり、「いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように」を整理できない人は、話が下手なのではなく、物事の把握そのものが曖昧なのである。

その意味で、本稿は社員教育や幹部教育にも直結する内容である。報告、相談、説明、企画、交渉、文章作成のすべてにおいて、5W1Hの箱がなければ、情報は散乱する。どれほど知識を詰め込んでも、思考の棚がなければ、必要な時に取り出せない。筆者が「講義を聞こうが、本を読もうが」と述べている部分には、知識偏重への強い警鐘が感じられる。

一方で、文章全体には厳しさがある。対象となる人物への苛立ちも滲んでいるが、それは単なる攻撃ではなく、「このままでは危うい」という危機感から来ている。放っておけば認知能力が削られていくのではないか、実践につながらないのではないかという懸念は、筆者の人間観察の深さを示している。

結びの「日々の訓練によってしか改善の道は開けない」という言葉も良い。才能や年齢の問題ではなく、訓練の問題として締めているため、読後に救いが残る。厳しい指摘でありながら、改善可能性を閉ざしていないところに、このエッセイの価値がある。

総じて、本稿は「話し方」の問題を入口にしながら、実際には思考の秩序、情報整理、自己改善の必要性を説いたエッセイである。枝葉に溺れ、核心を失う人への警鐘として、非常に実践的であり、教育素材としても使える内容だと感じる。
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文責:西田親生


                             

  • posted by Chikao Nishida at 2026/5/23 12:00 am

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