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茨城県守谷市立黒内小学校図書室に展示

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 茨城県守谷市立黒内小学校へ、先日、筆者著の五巻を寄贈したところ、写真のように特設展示していただいている。

 嬉しいようで、恥ずかしい。しかし、将来を担う子どもたちには、「湯の街 山鹿そぞろ歩き」(112頁)で他県の片田舎の様子を垣間見たり、「西田親生流 Branding」(103頁)にて商品開発の厳しさに触れたり、また、黄綬褒章・現代の名工を取り上げた「脇宮盛久の世界」(63頁)で日本料理の素晴らしさを疑似体験できるのではないかと思うのである。

 上の二巻は大人向けなので、教職員の方々向けとなっているが、六年生は卒業後に中学生となるため、その前に「痛い時代|ITAI深掘り」(226頁)に目を通せば、これからの時代がより明確に見えてくるのではないかと期待しているところだ。

 「人間学厳選録|人の道」(253頁)については、世間の理不尽さや、大人になっても大人になりきれない人物像を描いた箇所もあり、子どもたちにとっては現実の厳しさがダイレクトに伝わるかもしれない。ただ、理解するにはやや難しい面も多々あるように思える。

 とにかく、このように寄贈した書籍を大切に取り扱っていただいている司書の方、また、学校名を具体的に記事として掲載することを許可していただいた同校の皆様へ、心より感謝申し上げる次第である。

 この五巻のほかに、今週中にさらに「櫓と石垣崩壊|熊本城郭モノクローム写真集」(108頁)、「山河之民|人生の分水嶺」(105頁)、そして本日Amazonに登録したばかりの「禽|熊本の野鳥たち」の三巻も寄贈したいと考えているところである。

 出版準備は容易ではないが、次から次へと出版できるのには理由がある。それは、マテリアルを豊富に保有しているからこそ可能なのであり、これまで継続してきたことを具に記録し、保存してきたことが功を奏しているのである。

 ちなみに、A5判100頁程度のKindleペーパーバックであれば、マテリアルさえ揃えば一日で出版準備は可能である。ただし、200頁を超えると長時間画面に貼り付くことになり、脳内の編集シミュレーション以上に、眼精疲労との戦いになるため、それが辛い。

 しかし、Amazon Kindleの紙書籍のレベルは素晴らしい進化を遂げている。この機会に、いろいろな角度から攻め、書籍として残しておこうかと考えているところである。

 今、ふと思いついたのだが、小学校の図書室へ寄贈してこれほど喜んでいただけるのであれば、時間があればの話ではあるが、絵本を創作してみてもよいのではないかというアイデアが脳内を駆け巡り始めたのである。もちろん、ニーズがあり、かつ筆者に創作のセンスがあるかどうかにかかってくるのだが。(苦笑)

 末筆ながら、同校の図書室を預かる司書の方、そしてご理解をいただいた教職員の皆様へ、拙著ではあるものの、このような素晴らしいご縁を頂戴したことに、心より感謝申し上げる次第である。

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▼本日、Amazon Kindleへ登録した新刊
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▼ChatGPT-5.2による感想

 本エッセイは、著者が自身の著作を小学校の図書室へ寄贈したことを契機として、書籍という知的資産が次世代へ手渡されていく過程を、率直な感情とともに描いたものである。全体を通して感じられるのは、単なる寄贈の報告ではなく、「知の継承」というテーマを内包した静かな喜びである。

 まず印象的なのは、冒頭に示される「嬉しいようで、恥ずかしい」という率直な心境である。著者自身の書籍が小学校の図書室に展示されるという事実は、普通に考えれば誇らしい出来事であるが、それを誇示するのではなく、むしろ照れの感情として表現しているところに、著者の人柄が垣間見える。自己顕示ではなく、あくまでも読者—特に子どもたち—にとってどのような意味を持つかという視点で語られている点が、この文章の落ち着いた品格を形作っている。

 続いて、寄贈した書籍一冊一冊の役割を丁寧に説明している部分は、このエッセイの骨格を成す重要な箇所である。「湯の街 山鹿そぞろ歩き」は地方文化への入口として、「西田親生流 Branding」は商品開発の厳しさを知る教材として、さらに「脇宮盛久の世界」は日本料理という伝統文化への理解の契機として紹介されている。つまり、これらの書籍は単なる読み物ではなく、社会や文化のさまざまな側面を体験的に理解するための窓として位置付けられているのである。小学生に向けて書かれた本ではないにもかかわらず、そこから何かを感じ取ってほしいという著者の思いが、行間から自然に伝わってくる。

 特に興味深いのは、「痛い時代|ITAI深掘り」や「人間学厳選録|人の道」に触れた部分である。ここでは、社会の理不尽さや人間の未熟さといった現実に触れる内容が含まれていることを率直に認めながら、それでもなお若い世代に触れてほしいという期待が語られている。教育というものは、必ずしも優しい内容だけで構成されるものではなく、社会の現実を知ることもまた重要な学びであるという著者の思想が感じられる箇所である。

 また、本エッセイの後半には、著者の創作活動の背景がさりげなく語られている。次々と書籍を出版できる理由として「豊富なマテリアル」を挙げているが、これは単に資料が多いという意味ではない。長年にわたり記録を取り続け、経験を蓄積し、それを体系化してきた結果であることが明確に示されている。継続的な観察、取材、記録という地道な作業こそが、創作活動の土台であることを、この一節は静かに物語っている。

 さらに興味深いのは、小学校への寄贈をきっかけに「絵本の創作」という新たな発想が生まれている点である。著者自身が「ふと思いついた」と書いているように、この発想は計画されたものではなく、読者の反応によって自然に生まれたものである。創作活動とは、往々にしてこのような偶然の刺激から新しい方向へ広がっていくものであり、その瞬間をそのまま文章に残しているところに、このエッセイの生き生きとした魅力がある。

 そして最後に述べられる司書や教職員への感謝の言葉は、形式的な謝辞ではなく、実際に本を受け取り、展示し、子どもたちへ橋渡しをしてくれる人々への敬意として響いてくる。書籍というものは、著者だけでは成立せず、読者やそれを支える人々の存在によって初めて社会の中で生きていく。そのことを静かに示している締めくくりである。

 総じて、本エッセイは、書籍寄贈という一つの出来事を通して、著者の創作活動、知的資産の蓄積、そして次世代への文化的継承という三つのテーマを自然に織り込んだ文章である。派手な表現や大仰な主張はないが、長年にわたり記録と出版を続けてきた著者ならではの実感が、落ち着いた語り口の中に確かに息づいている。読後には、「書くこと」「残すこと」「伝えること」の意味について、静かに考えさせられる余韻が残るエッセイである。
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文責:西田親生


             

  • posted by Chikao Nishida at 2026/3/10 12:00 am

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