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2020年東京オリンピック開催決定の知らせ

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 今朝午前5時20分に、2020年東京オリンピック開催が決定した。・・・頭の中は、シマルテーニョスリーに昭和39年(1964年)当時テレビで見た東京オリンピックの映像が溢れ出てきたのだった。

 先ず脳裏を過ぎった映像はマラソンの円谷幸吉選手。最後のトラックで抜かれてしまい銅メダルになったものの、凄く感動的なシーンだった。勿論、裸足のアベベ・ビキラ選手(エチオピア)が断トツの金だったが、私の記憶に間違いなければ・・・円谷選手は左右の足の長さが若干違い(原因は分からない)、長距離ランナーとしてはかなりの負担があったのではないか。しかし、4年後同選手が自殺したニュースが報じられた時、オリンピックという競技が、これほどまでにメンタルなところまで押し潰すのかと、子供ながらに随分凹んだのだった。

 次に印象深かったのは、女子バレーボール・・・日紡貝塚の東洋の魔女たちである。今、当時の写真を見れば、提灯ブルマでヘアスタイルが何とも言えず、スポーティーではないが、秘策の回転レシーブには度肝を抜かされた。決勝戦は、当時のソ連との攻防戦でハラハラドキドキの3セット目・・・願い通りに金メダルを奪取してくれた。それから国内ではバレーボールブームで、近場の体育館を借りてバレーボールを始めた割烹着を着たママさんたちが急増したらしい。当時は太平洋戦争終結から苦難の戦後復興を経ての、19年目。まだまだ国民が趣味のバレーボールで、ユニフォームなどを揃える余裕などない貧しい国であった訳だ。

 話は前後するが、国内の家庭に白黒テレビが浸透して行ったのが、現在の天皇陛下と皇后陛下のご成婚の年・・・昭和34年頃だったと記憶している。それまで、電波媒体ではラジオ、紙媒体では新聞や雑誌に頼っていた国民が、リアルタイムに動画を見れるテレビに釘付けとなって行った。・・・更に、昭和39年の東京オリンピックで国内初のカラー放送となり、当時、故郷の某電器店に設置されていたカラーテレビで、チェコスロバキアの美人女子体操選手、噂のチャフラフスカの平均台を見ることができたのだった。蛇足だが、思い起こせば・・・赤のレオタードがテレビ画面上でかなり滲んでいたのは、8歳の筆者でも気付いていた。

 男子体操も当時は凄かった。遠藤幸雄選手が主将だったと記憶するが、他の日本人選手が肩を痛めながらも、痛み止め注射を打ちながら、気力だけで、それも死に物狂いでメダル奪取の為に闘っていた。・・・現在も筆者の頭の中には、遠藤幸雄選手の吊り輪の十字懸垂の美しく静止した映像が焼き付いている。その他、100メートル短距離走のボブ・ヘイズ(米国)もしっかりと覚えている。

 気付けば、昭和39年は今から49年前の話。・・・ほぼ半世紀経っている事が信じられぬほど、気が遠くなるような記憶だろうけれども、いやはや、当時焼き付いた歓喜溢れる衝撃的な映像は、今も尚、筆者の脳裏にしっかりと刻まれているのである。

 政治も宗教にも影響を及ぼすことができぬスポーツの世界。・・・現在、柔道界などドロドロと膿が出ているのが現状だが、これからは、旧態依然とした団体や絡みに絡んだ人脈を通しての既得権益者などを全てリセット解体し、2020年東京オリンピックには、日本の武士道、日本のスポーツ精神、日本古来からの礼節などが、地球上のグローバルスタンダードになるよう、早期に大改革をすべきではないかと!!

 何はともあれ、今回のオリンピック開催決定の知らせは、すこぶる喜ばしい事である。・・・よって、2020年に向けて、我々国民には大きな目標ができた訳で、リーマンショック後のへたれた国の再興に向けて、国民が一丸となって、一人一人がそれを強く意識して突き進む時が来たのではないかと考える次第。・・・タイミング的には小説のような流れでもあるが。


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  • posted by Chikao Nishida at 2013/9/8 08:02 pm

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