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他の追随を許さぬ、Mac。

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 今振り返ると、 1970年代にマイコンと出逢い、1980年代にパソコンの進化と共に業務を遂行し、1990年代に独立。CGやネット事業に着手し、2000年代になり、次から次へと各業界のスタンダードを変える、Macの大進撃に直面したのだった。これは、タイムリーでもあり、パソコンの黎明期から進化と同じ歩幅で、起業以来歩めたのは、ラッキー以外何ものでもない。

 しかし、Apple社が世に送り込んだMacintoshには、エンドユーザーには気付かれぬほど、小洒落で凄い思想が凝縮されており、その卓越したヒューマンインターフェースによって、ニューメディアの世界がどんどん進化して行く大きな起爆剤となった。

 先ず、アイコンという「小さな絵」である。スマホ時代となった今では、当たり前の画面やアイコン。当時、その中に、アイコンがひしめき合っているのがMacだった。誰も、それがアイコンであるという認識もなく、一瞬間で何を意味しているのか分かるような、道路標識感覚で、画面の中をドライブしているのである。

 1984年に日本上陸を果たしたMacintoshだが、実は、その画面の至る所に魔法が掛けられていた。それは、デスクトップという概念である。画面が帳面やスプレッドシート感覚だったWindowsに対して、Macは自分の机の上という仮想現実世界からスタートするのである。それも、スイッチを入れれば、Macの中にチビMacが登場し、笑顔で迎えてくれるという演出だ。

 机の上にあるMacの画面の中が、更に仮想現実世界の机の上を演出し、直感的にマウスを握り、動かしてやれば、いつの間にか、ワープロでも、ドローでも、ペイントでも、音楽でも、通信でも・・・自分自身が魔法使いやマジシャンになったかのように、サラサラと業務を処理してしまうのだ。

 当時は、まだ「擬似マルチタスク」と言っていた。・・・現在のマルチタスクという概念をも、既に持っていた。机の上にある要らなくなった書類は、ゴミ箱に投げ込んで捨てる。更に、ゴミ箱を捨てれば、近所のゴミ収集箇所へゴミ出しを完了したことになる。微に入り細に入り、ヒューマンインタフェースを徹底追及したMacは、他の追随を許すことがなかった。(現在でも同様)

 更に、他のパソコンの度肝を抜いたのは、画面の仕様である。何と、ビットマップディスプレイを採用し、画面一杯に、自由自在に輪ゴムが伸びたり縮んだりするように、グラフィックを描けたのである。人によっては、「こんなオモチャなんぞ、仕事に使えるか!」とまで、否定的な見解を述べる評論家も居た。実に身の程知らずの無知な人間だが・・・。(苦笑)

 現在では、パソコンもパッドもスマホも、全て家庭に浸透している訳だが、ここで一番大切なことは、進化したデバイス群を使えるからといって、自分自身が天才になったかのように勘違いしないことである。そこは、自分自身の論理展開や発想などを、日々磨きに磨かない限り、他の追随を許さぬようなスキルを手にすることは出来ない。

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  • posted by Chikao Nishida at 2015/6/27 03:48 am

運、不運はタイミング!!

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 これは、私なりの経験学である。

 世の中、何事もタイミング。それ次第で、幸運だったとか不運だったとかの尾っぽがついてくる。

 ある瞬間に意固地になったり、人を見放してみたり、傲慢になったり、暴走したり・・・それは、運、不運と決めつけるものではなく、ただタイミングを逸したり、決断に狂いが生じた結果なのだ。

 そのタイミングさえ逸しなければ、不慮の事故や疾病、トラブルなど、事前に防げることも沢山あったように記憶する。

 人は潜在意識にかなり左右され、日頃の行動パターンを形成する。潜在的なものが大きければ大きいほど、知らず知らず、それからリモートされると言ってもいいように、後ろから押されたり、急に止まったり、引いたりしているのだ。

 「念ずれば、叶う!」と口走ることもあるが、これは強制的に潜在意識に何かを注入することで、自分の意志をコントロールしようとしているのだろうと。

 筆者の場合、潜在意識として蓄積されるものは、結果的に自分の趣味趣向に合ったもの(自分の都合)が多い。決して、悪玉菌は混入しておらず、常にポジティブに善玉菌だけを注入しているように思える。

 親しい友人は「悪運が強いね!」と、よく言っていた。しかし、悪運が強いのでなく、ただ、その時、タイミングが良かっただけの話だろうと。

 論理展開がむちゃくちゃだが、運、不運の前にタイミングの存在を語ってしまった。では、そのタイミングの前はどんな存在が?・・・たぶん、自分の性格が大きな要因を占めているのだろうと思われる。ネガティブに考えたり、身勝手なシナリオを組み立ててしまうと、タイミングは狂いっぱなし。

 やはり、全てに事前に「配慮」をもって臨めば、重要な瞬間的なタイミングを逸することは少なかろうと。・・・この「配慮」。・・・やはり、性格的なものが占めているようだ。

 人の性格はなかなか変えがたい。この道が楽だよと聞かされても、納得行かないから遠回りを選ぶ。また、強引に大きな壁を突き破ってでも、持論を唱え、強硬手段を講じる。・・・そして、最後の尾っぽのところで運、不運が待ち構えているってことなのか???

 早朝から、訳の分からぬことを書いたようだが、筆者は、このタイミングをできるだけ逸しないように、冷静沈着をもって、心地よい潜在意識を植え付け続けようと・・・。

 写真のように、自分自身を足元から見上げたり、逆に、頭から見下ろしたりすると、よく分かる。

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  • posted by Chikao Nishida at 2014/12/2 08:06 am

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