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邪教集団の勧誘に、御用心。全国あちこちで、心の隙間を狙っている。声を掛けられたら、無視して、その場を立ち去るが懸命。

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<心の隙間を狙う邪教集団>

 取材先の公園などで、二人組の年配女性たちが近寄ってくる。「こんにちは。何処か痛いところがありませんか?痛いところを治してあげますよ!」と言ってくる。如何にも怪しいオーラが漂っている。身なりも小綺麗には見えず、口調だけは穏やかさを含んでいる。

 背後から近寄ってきた一人へ「何の御用ですか?仕事中ですが。」と少々キツめの言い方で遮断する。そうすると「あ、失礼しました。お仕事のお邪魔致しました。」と言って、会釈しながら去って行く。

 遭遇した先は、八景水谷公園(熊本市)、孔子公園(菊池市泗水町)の二ヶ所。これら二人組は、道の駅などで買い物をする様子もなく、公園内にいる人を見定めながら、個々に近づき勧誘しているようである。

<某ホテルに出没する新興宗教集団>

 また、某ホテルへも、新興宗教の数人の女性たちが定期的にレストランに立ち寄っている。二人が役員で、その他の女性は使いっ走りの信者のようだ。一度、筆者が座るカウンターに近寄り、背後から唐突に「ここの料理長さんとお友達ですよね?辞められたそうですが、何処に行かれたか知りませんか?」と聞いてきた。

 食事中に話し掛けてくる、見知らぬ新興宗教幹部らしき高齢女性。大変失礼な人間なので、「このホテルの方へ尋ねられればいいじゃないですか。食事中なので、申し訳ない。」と突っぱねた。この女性たちは、レストランテーブルに座る位置が決まっており、常に、お客の様子を伺っている模様。

<新興宗教に染まった愚行の数々>

 実は、数年前の事だが、辞めて行った料理人は、或る日突然豹変し、厨房内に私物を持ち込むようになった。お客に見える場所へ神棚を設置したり、鹿の角にナイフを飾ったり、小さなお椀に布袋さんを入れて厨房中央に置いたり、挙動不審なところが目立つようになった。

 当時、余りの愚行加減に居た堪れず、某ホテル役員へ随時状況を伝え、結局、神棚も鹿の角も布袋さんも撤去することになった。異常なる宗教染みた愚行に、開いた口が塞がらなかったことを、つい昨日のように思い出す。前述の邪教幹部との繋がりもあったのかと、邪推せざるを得なかった。

<ダブル宗教に違和感のない日本人>

 日本の自宅(本家)には、必ずと言って良いほど、仏壇と神棚がある。よく考えると、仏教でもあり神道でもあり、ダブル宗教が自宅に存在している訳で、非常に不思議な光景となる。しかし、それが日本人特有の宗教観なのかと・・・!?

 或る日、某神社で「結婚式は神社で執り行われるが、何故、葬式はカトリック教会ではできるのに、神社ではできないのか?」と質問したことがあった。権禰宜だったので的確な回答が得られなかったが、回答は「葬式は神社ではなく、お寺さんで!」としか返ってこなかった。

 一般人の死は神の存在を汚す意味合いのような言葉もあった。だから、神殿領域外にあるお寺さんで通夜、葬式を行うが慣例(常識)といった回答なのだろうと。何ともしっくりしない回答だったが、日本人の宗教観が曖昧な気がしてならなかった。

<「お布施」と「献金」という落とし穴>

 心が弱い人は、何かに縋りたくなる。その気持ちは十分理解できるが、その心の弱みや凹みの隙間を狙い澄ましているのが、新興宗教の中でも邪教と評されるものである。しかし、邪教と雖も、原則として非課税である訳で、「お布施」や「献金」の流れが不透明なところに、大きな落とし穴があるように思えてならない。

 本人のお気持ち程度で良いとされる、「お布施」や「献金」。しかし、邪教にのめり込んだ人は、完全に洗脳され、全ての財産を投げうってでも、邪教に縋り付くようになる。パーフェクトにマインドコントロールされた人は、生気もなくなり、ただただ、惰性的に邪教へしがみつく。

 洗脳というものは、言葉に尽くせぬほど怖いものである。筆者は邪教をはじめとする、霊感商法などの悪徳商法には無縁の人間であり、100%洗脳されることはない。数メートル以内に近づくものなら、脳内センサーが異常に稼働し、身の毛がよだち、拒絶反応を起こすのである。

<寺や神社における事件事故>

 話は戻るが、新興宗教の中の邪教以外にも、既存の寺や神社でも、事件事故が起こっているのも周知の事実。千年以上も続く神社の神主が彼女に高額ルビーの指輪を買ってあげたり、金庫に大枚を隠し持ったり、高級車を乗り回したり、高額お布施を強要したりと、事件でしょっ引かれるのは氷山の一角。

 また、近頃は、憲法に定める「政教分離の原則」が曖昧であると言わざるを得ぬ時代となっている。非課税が特大特権となるので、世界では数分単位で新興宗教が生まれていると聞き及んだことがある。そろそろ非課税に関するところで、吸血鬼の様に信徒から全ての財産を捥ぎ取る邪教に対しては、厳しい法改正が急務ではないかと考える次第。

<カトリック幼稚園の献金>

 蛇足ながら、筆者はカトリック系の幼稚園を卒園している。因みに、家は仏教、そして神棚があった。卒園した後、その幼稚園の日曜学校に通っていた時のこと、黒い布地の「献金袋」へお金を入れなければならない。小遣いも大して貰っていないのに、この「献金」は大変負担となっていたことを思い出したのだった。

 最後に今回のテーマの〆であるが、タイトルの通り「邪教集団の勧誘に、御用心。全国あちこちで、心の隙間を狙っている。声を掛けられたら、無視して、その場を立ち去るが懸命。」を常に意識して、人生を歪めるような勧誘に落ちぬよう、心掛けて頂ければと・・・。


shukyo2022


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写真・文責:西田親生

                     

  • posted by Chikao Nishida at 2022/7/16 12:00 am

物事の順序や距離感をシミュレートできない人は、非常に危険でもあり、トラブルメーカーになり易い。

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 コンビニの駐車場を考えてみる。コンビニの敷地内から公道へ出ようとしている車があるのに、公道から突っ込んでくる人がいる。駐車場は箱物だから、一つの箱が空かなければ、次の車は入れないというシミュレーションができないのである。非常にシンプルな物事の順序だが、それが分からぬノータリン(死語)加減。

 百貨店などのトイレについて考えてみる。中に人がいれば、ドアノブに使用中のマーク(赤印)が付いている。ところが、強引にドアノブをガチャガチャと回そうとする人がいる。それは、使用中のマークを確認していない証拠。通常、トイレに人がいれば誰しも気配を感じるが、その辺の脳内センサーも働かないノータリンである。

 人流が多い時に、大抵の人は目的地まで最短距離に歩き進もうとする。そこが狭い路上であれば、必ず、逆方向から突進してくる人と出会す。そこで肩が当たろうものなら、喧嘩を売る人も出てくる。そこで、互いに「あ、失礼しました!」と言えないのである。これまた、ノータリンである。

 コロナ禍の時代となり、適正な距離感はある程度保たれるようになりつつあるが、何かを待つことで並ばざるを得ない時に、背中ぎりぎり立って、その吐息やら咳、くしゃみが自分のうなじや背中に当たる時がある。とても気分の良いものではないが、その距離感が分からぬ人は、これまた、ノータリンとなる。

 スーパの弁当売り場で、何度も何度も同じ種類の弁当を手に取って比べている人がいる。衛生面についても非常に悪いが、同じ弁当は同じ食材、同じご飯が入って、同じ値段である。手に取る前に、上からじっくりと眺め、これと決めて手に取れば良い話だ。観察力と決断力に欠ける、これまた、ノータリンである。

 例えを挙げればキリがないけれども、結局、ちょっとでもトラブルを起こし易い人は、「物事の順序が分からない」、「距離感が分からない」、「観察力に欠ける」、「決断力に欠ける」など、自己中心的な挙動を優先するが余り、第三者への『配慮』がないから、このような失態を繰り返す。心に余裕が無い人ほど、その失態は常態化している。

 ずる賢いと言われる人は、ほぼルールを守らない。花見の場所取りのスタート時間が決まっていても、何日も前からブルーシートなどを持ち込んで、占有する人たち。そういった人ほど、シートはそのまま、ゴミを散らしたまま帰る。公園やその他施設の場所取りなど、くじ引きでやれば何も問題はない。「ネットであみだくじ」が公平であり、円滑に事が進む。勿論、現地で30分以上遅刻した場合は、他に譲れば良いだけの話である。

 民度が低いと言えばそれまでだが、社会人として不特定多数の人たちと、直接間接、何らかの関わりを持って暮らしているのだから、いろんな場面でのシミュレーションは、幼い頃から訓練しておくべきである。小学校の「道徳」では、そのような具体例を挙げながら、少しでもトラブルを引き起こさぬよう、しっかりと躾や教育が必要ではないか。

 畢竟、折角この世に生まれてきたのであれば、ノータリンな人生は送りたくはない。しかし、それに気付かずノータリンな一生を猛進すれば、我が人生は『ノーリターン』となってしまう。


▼熊本ホテルキャッスルの赤鶏熱々蕎麦(ランチタイム)
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  • posted by Chikao Nishida at 2022/7/14 12:00 am

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