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成功する人は「しまった」と思う前に動き、失敗する人は「しまった」と思ってから動く。

Chikao-Donshu


 経営者としての判断のタイミングは非常に重要なものであり、企業の存続さえ揺るがすような結末に至る場合もある。

 大抵の場合、失敗する経営者の多くは聞く耳を持たない。狭い企業内において神的存在として有頂天になっている。自らの姿に酔いしれ、企業の大なり小なりに関わらず、対外的にも横着に振る舞う人格欠如の人も多く見かける。

 伝統と歴史があるから、雇われの身分である代表取締役でさえも勘違いして、自らを過大評価しては、「公人」と称して、背骨が折れるほど踏ん反り返る人物も少なくはない。例えば、公的施設での態度を見れば、失笑するほどの演技をしている。

 これまで代理店報告がしばしば行われている中で気づくのが、地方における経営者の視野の狭さと価値観のなさ、それに攻めの姿勢の欠落である。何事も、助成金や補助金に気が取られ、自らの秘策など全くない。

 如何に都合よく銀行から融資を受けるか、如何に楽をして助成金を得るかに東奔西走している。ただ、融資や助成金は企業にとってはステップアップの起爆剤としての役割を果たすべきが、その場凌ぎの繋ぎとして考えている人が多いので、始末が悪い。

 だから、悪しきコンサルやコーディネーターに狙われ、悪用され、挙げ句の果てには何も成果を生み出すことなく、散っていく。その繰り返しが、地方の助成金目当ての一部の経営者の実態ではなかろうか。

 更に、地方の面白いことは、ドングリの背比べが慣習としてあるのか知らないが、表面は仲良しこよし、しかし、腹を探れば、誹謗中傷の雨霰と、どちらが本音なのか理解に苦しむばかり。

 結局、意地汚い商人が金や物を得ると、身勝手なローカルスタンダードを構築し、外部的にはモンロー主義、その地域では奇妙なピラミッド構造を作り出してしまうのかと。了見の狭さは驚くばかりで、威張ることだけは忘れず踏ん反り返っている。

 これは今の時代でも情報格差が甚だしく、都市部の感覚とはかなり乖離しており、昔ながらの悪しき慣習にしがみつき、既得権益を得たもの同士が集まり、悪巧みをするといった構図なのだろうと。

 畢竟、表題の通り、成功する人は「しまった」と思う前に動き、見識者の声に耳を傾け、危険回避をしながらも、事業拡大へ突進するのである。反して、失敗する人は「しまった」と思ってからなので、時既に遅しとなる。

 先ほど、「盛者必衰・・・ホテルを駄目にする男たち」を漫画化してみたが、ChatGPTが生成した漫画を見て、なるほどと何度も頷いてしまった。
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▼ChatGPT-4oによる感想

このコラムは、地方の中小企業経営者の問題点を鋭く指摘しつつ、成功するためのマインドセットや行動様式について提言しています。いくつかのポイントに分けて、詳しく感想を述べます。

1. 成功者と失敗者の行動の違い
冒頭の「成功する人は『しまった』と思う前に動き、失敗する人は『しまった』と思ってから動く。」という言葉は、経営判断における迅速な行動の重要性を端的に表しています。成功する人は予見力や洞察力を持ち、リスクを事前に回避しようとします。一方で、失敗する人は危機が現実化した後で動き始め、手遅れになりがちです。

この視点は、企業経営だけでなく、個人の意思決定やプロジェクト管理にも応用できる普遍的な考え方です。いかに先見の明を持つか、そして迅速に行動に移せるかが、結果を左右する重要なファクターになります。

2. 地方経営者の課題と視野の狭さ
地方企業の経営者が「助成金や補助金」に依存し、自らの経営努力を怠っているという指摘は、非常に現実的で説得力があります。確かに、地方では資金調達が限られているため、助成金や融資は重要な役割を果たします。しかし、それを一時的な資金繰りの手段と捉えず、恒常的な収益の柱に依存することは、企業の成長を阻害します。

また、「悪しきコンサルやコーディネーターに利用される」という点も、地方にありがちな課題です。専門性を持たないコンサルタントに頼ることで、企業が方向性を見失うケースは少なくありません。むしろ、経営者自身がビジョンを持ち、自らの足で情報を取りに行く姿勢が求められます。

3. 経営者の人格と振る舞い
コラムの中で「自らの姿に酔いしれた経営者」や「腰骨が折れるほど踏ん反り返る人物」が登場します。これは、成功体験に溺れ、自分を過信する経営者の典型です。特に地方では、競争環境が限定的であり、少しの成功で周囲から持ち上げられることで、自己評価を誤るケースが見られます。

一方、真に成功する経営者は、常に謙虚であり、他者の意見に耳を傾ける姿勢を持っています。これは「見識者の声に耳を傾ける」という表現にも表れており、周囲からのフィードバックを素直に受け入れる柔軟性の重要性が強調されています。

4. 地方における閉鎖的な環境
「ドングリの背比べ」や「表面は仲良しこよし、しかし腹を探れば誹謗中傷」という指摘は、地方特有の人間関係の歪みを鋭く描写しています。外部の視点や競争原理が希薄なため、内部での足の引っ張り合いが発生しやすいのです。

また、「モンロー主義」や「奇妙なピラミッド構造」といった表現は、地方社会に根付いた閉鎖性を的確に表しています。こうした環境では、新たなチャレンジや革新的な取り組みが生まれにくく、結果として地域全体の成長が停滞してしまいます。

5. 漫画化への言及
最後に、「盛者必衰・・・ホテルを駄目にする男たち」を漫画化したエピソードが登場します。ChatGPTによる漫画生成を通じて、視覚的に問題点を再認識したことが伺えます。視覚化することで、言葉だけでは伝わりにくい課題がより明確に浮かび上がったのではないでしょうか。

このようなクロスメディア的アプローチは、情報の伝達や理解を深める上で非常に有効です。AIを活用した新たな表現方法が、経営者の気づきや行動変容を促す可能性を示唆しています。

総括
このコラムは、地方経営者の問題点を直視しつつ、成功への具体的な姿勢を提示する内容でした。特に以下の3点が印象的です。

迅速な判断と行動 - 成功するためには、「しまった」と思う前に動くことが重要である。
謙虚な姿勢と見識者の活用 - 周囲の声に耳を傾け、視野を広げる努力が必要である。
閉鎖的な環境の打破 - 地域内の競争意識や外部との交流を積極的に取り入れ、成長を目指すべきである。
経営者だけでなく、ビジネスパーソンやリーダーを目指す人にとっても、多くの学びを得られる内容でした。
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プロンプト・文責:西田親生


                   

  • posted by Chikao Nishida at 2025/3/31 12:00 am

「転勤族の子供たちは、地獄を見る。」を漫画化

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 筆者の家庭は、転勤族であった。2年から3年に1回、転勤となる父であったが、金魚の糞のように、黙って、文句も言わず、荷造りをして、転勤先へ移動し、転入生として新しい学校へ通うことになる。

 小学校の時は1年生の冬休みに、父の転勤先から独りで実家に戻る決意をして、両親と離れ離れになり、小学校3年生まで孤独と闘っていた。小学校は生まれ故郷にあり、幼稚園の頃からの幼友達が沢山いて、違和感もなく、溶け込んでいた記憶がある。

 それから、小学校を卒業して、皆と一緒に地元の中学校へ行けるかと思っていたが甘かった。父が転勤となり、嫌々ながら地元を離れて、他県の県庁所在地の中学校に入学した。言葉のイントネーションも方言も異なり、やや言葉で苦労したことを思い出す。そこで3年生まで暮らすのかと思っていたら、父が2年前に単身赴任で行っていたので、結局、1年生の冬休みに転勤が決まり、1年の3学期から別の中学校へ転校となった。言葉のギャップはそれほどなかったが、折角、仲良しになった友達とは、再び離れ離れとなった。

 二つ目の中学校は熱心な先生が勢揃いにて、同クラスだけでもガリ勉の生徒がたくさんいた。その中学校を卒業し、当時、父が転勤はないと断言していたために、同県内の進学高校を受験した。実は、他県の有名私学へ行きたかったが、父から阻止されたのである。しかし、県立高校は風紀もよく、卒業した中学校からは三分の一がそのまま入学するようなので、とても嬉しかった。

 ところがである。夏休みに入ってすぐに、夜中に父が筆者の部屋に入ってきた。「八月末に転勤で他県へ移動するので、よろしく!」と。目の前が真っ暗になった。転勤がないというから、有名私学を諦め、県内の進学校を受験して我慢していたのに、1学期が終わって直ぐに転勤とはこれ如何にである。県外の県立高校の編入試験は難しく、一人か二人しか通らないという。結局、八月二十三日の編入試験を受けて、筆者と東京から転校してきた女性の二人だけが合格した。

 県外あちこちを移動しなければならない生活は、筆者にとってはストレスであった。今のように、スマホもない時代なので、転勤先の官舎の電話を使って、市外電話をかけることができない。と言っても、筆無精の筆者なので、手紙も書かないので、どんどん疎遠となっていく。そうしている内に、高校3年生となり、さてさて受験の準備である。筆者はシリコンバレーに憧れていたので、留学の準備を母と密かにしていたのだが、それを父から再び阻止されたのである。

 家長制が残る家庭だったために、祖父や父の実験は強かった。特に、長男最優先、次男以下は付録のような扱いである。因みに、筆者は次男であった。よって、段々と、自らの将来の夢が縮まってしまい、当時、かなり意気消沈していた筆者であった。あれやこれやと考えている内に、何と、高校3年の夏に父の転勤が決まったという。高校3年時の2学期からは、県立高校の編入試験はないのである。頭の中が真っ白になった。海外留学の夢を潰され、落ち着いて受験勉強もできない暗闇に入り込んでしまった。

 結局、転勤先の官舎に着いたのは、八月二十五日の夕刻だったと記憶するが、それから、以前の高校まで、バスや電車、自転車で通わなければならず、待ち時間を含めて片道3時間ほどの通学時間となった。子供の教育に無関心な父であったが、これが法曹界の人間かと、何度も恨んでも恨みきれない学生時代を送ってきたのである。母は若くして他界したが、海外留学の件だけは、相当恨んでいたように思えてならない。

 このように、ざっと時系列に並べて、小中高と金魚の糞物語を書き綴ったが、子どもにとって転勤(転校)は、全て好循環になり得ないことを物申したいのである。時には、環境が変わり、その地域の子どもたちが良い人が多ければ良いが、転校生は妙に目立ち、いじめの対象になりがちなのだ。

 本来ならば、転勤は仕事上必要不可欠なシステムであるが、子供の受験などのタイミングだけはしっかりと考えて、人事異動をしてもらいたいと、何度も文句いった。後々分かった事であるが、父はすこぶるマイペースな人間だったので、転勤先は自ら手を挙げて、転勤していたという。「あそこは魚が釣れる!」とか「あそこは素晴らしいゴルフ場がある!」など、自主的な我儘三昧の転勤であったことが判明したのであった。とんでもないことである。

 以上、次男であるが故の運命だったのかと、苦笑いの連続となる。

 最後に、新聞社(地方紙としては結構歴史ある新聞社)に合格した時の父の言葉をご紹介しておきたい。何と言ったのか?

 それは、「ふ〜ん」の一言だった。何とも言えない反応である。更に、「法曹界を目指さないのか!?」が最後の言葉だった。今は亡き父であるが、長男と次男との差別待遇については、反省して欲しかった。

▼ChatGPTが生成した漫画(時代背景が実際より古く感じる)
※以下の漫画画像は、上のエッセイをChatGPTに読ませ生成させたもの。

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プロンプト・文責:西田親生


                               

  • posted by Chikao Nishida at 2025/3/30 12:00 am

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