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コロナ感染により絶命・・・

JOSUI


◎記事と写真は関係ありません

 私事で大変申し訳ないけれども、本日は、「新型コロナウイルス感染」について語りたい。

 一昨日のこと、何故か胸騒ぎがしたので、他県に住む、幼い頃から大変世話になっていた母方の叔父の携帯へ電話をしたのだった。ところが、電話に出ない。よって、その甥っ子に電話をすると、半年ほど入院をして、最近、急死したと言う。親戚にも知人友人にも殆ど知らせなかったので、遅ればせながら胸騒ぎのお陰で知ることになった。

 半年前に脳梗塞で倒れ、やっと3日後に退院と言って喜んでいた叔父。しかし、入院先の病院でクラスターが発生したらしく、PCR検査をしたところ陽性となり、脳梗塞からは解放されたものの、コロナ感染にて再入院をせざるを得なくなったという。寝耳に水のような話だが、それも、高齢であるが故に重篤となったようだ。

 それから1ヶ月も経たぬうちに、病状が悪化し息を引き取ったとのこと。叔母も従兄弟も皆、隔離された叔父への面会はできず、叔母に至っては、半年も叔父の顔を見る事なく、お骨となって帰ってきたという。以前、ニュースではこのような光景を目にしたが、まさか、近しい叔父が、コロナ感染で絶命するとは・・・。

 高齢なのでワクチン接種はしているはずだが、十数人のクラスターに巻き込まれたのは不運だったとしか言いようがない。ただ、聞くところによると、川で溺れるような苦しみが続き、体重も十数キロ落ちてしまい、最終的には、新型コロナウイルス変異株に対抗できなかったのだろうと。想像を絶する話に、身の毛がよだち、体全体の力が抜けてしまった。

 若き頃は、背が高くすらっとしてイケメンの叔父だったが、昔を思い出せば、その優しい笑顔しか出てこない。その優しすぎるほどの人間を、コロナはこれでもかと苦しめるのだから、とんでもない生物兵器だと、腑が沸たぎる思いとなった。フェイクばかりの世界において、これほど酷い人体実験は許されるものではない。

 ワクチンがどうだとか、特効薬がどうだとか、そもそも、生物兵器を作り出した異常者は、地球全体を滅ぼすことになるのを、舌を出して含み笑いをしているのかも知れないが、必ず、必ず、このウイルスによる殺戮は、ブーメラン現象が起き、その人物、その国へ倍返しで戻って行くのだろうと確信する次第。

 緊急事態宣言云々の前に、人の命が虫けら同然に奪われている現在、総裁選に躍起になる政治屋やマスコミ。何を考えているのか、自分の足元だけを見ている無責任集団の恥ずかしさの境界線を逸脱した醜態ぶりを、国民が許すはずがない。マスコミは、コロナ→オリンピック→パラリンピック→コロナ→総裁選と、視聴率ばかりに目を向けるから、茶番劇の連続となる訳だ。

 もっと真剣に徹底させて欲しいのは、飲食店や宿の「新型コロナウイルス感染防止」の認定を受けているのであれば、ウィズマスクなど厳しい指導は勿論の事、大声で場を賑わせている人間をつまみ出すほど徹底しなければ、また、次の犠牲者が、お構いなしに、鼠算的に激増するばかりとなる。憎きコロナに仇討ちができないところが、実に腹立たしいが、この場を借りて、叔父の冥福を祈りたい。


▼写真は、熊本県山鹿市菊鹿町の水田と彼岸花
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写真・文責:西田親生

                 

  • posted by Chikao Nishida at 2021/9/28 12:00 am

「地域揺り起こし」には覚悟してかかれ!

◎記事と写真は関係ありません

JOSUI


 新聞社を経て起業(ディー・アンド・エルリサーチ株式会社創立)して、今年の10月1日で26年になる。マルチメディア事業を事始めに、本格的CGシミュレーション動画制作、インターネット事業と、次から次に変わる最先端技術に気後れすることなく、常に「攻め」の姿勢、猪突猛進であった四半世紀。今回、あるプロジェクトの話の流れで、弊社(筆者個人も含めて)の自治体関連事業実績を提出することになり、記憶にあるものをランダムに書き出した次第。以下の通り、

1)人吉・球磨地方におけるアウトドアスポーツ可能性リサーチ(新聞社時代)

▼熊本県の依頼で同地方の実験的なリサーチを敢行(1月、2月)
・市房山縦走(8時間ほどかけて連山を縦走/心見の橋通過・・・)
・雄滝や女滝の沢登り(凍りついた滝の上流を目指す)
・川辺川カヌー下り(雪が舞い散る中で上流域にて敢行)
・マウンテンバイク試走(白髪岳赤松林沿い)
・水上村へ商社ニチメンを紹介し、市房ダムへカヌーを導入。

2)長崎県旧奈良尾町(現 新上五島町)トライアスロン大会企画運営(1988〜2008)

 熊日時代、同町の観光協会より町おこしの相談があり、当時、熊本市内交通センターホテルにて会議。長崎新聞社事業部が人員不足という理由で、わざわざ熊本の筆者に直接相談がった。よって、熊日と同町が共催という形で企画を提案。コース設定、安全管理などを固め、九州管区警察、長崎県警、海上保安庁、消防などの承諾を得て、1年3ヶ月(上五島へ7回足を運ぶ)歳月を経て、「トライアスロン in 奈良尾」として開催に至る。2年後に熊日を早期退職したので、同大会は当社が引き継ぎ、5回大会を終えて、ローヤリティ、著作権など全てを同町へ委譲。市町村合併まで、熱心な現地歯科医師たちアスリートにより大会は20回続く。全国雑誌に「礼儀正しい大会」で紹介され、オーストラリアなど海外アスリートも参加した。

3)旧 久木野村コンサルティング(1996年〜1998年)

・職員IT研修会及びオフコン導入のコンサルティング
・熊本県内自治体(当時11市83町村)第一号の久木野村公式WEBサイトを構築運営。
・村内IT化プロジェクトを企画し、当社企画案を村長が霞ヶ関へ持ち込む。2週間後に6000万円の補助金(村側は500万負担の好条件)が決定されたものの、村議会(反対派7名、村長派5名)にて否決。残念ながら、全国初の村あげてのIT化(国内IT村第一号)は熊本県久木野村ではなく、富山県山田村が日の目を見ることに。結局、好条件であった補助金は、某町の風力発電へと流れた。

4)熊本市公式WEBサイト構築運営(1997年〜2002年)

 ・約5年間、熊本市公式サイトを運営。当時は、毎月段ボール箱に大量の書類が送られ、それを当社スタッフが全てパソコンに打ち込み処理。市庁舎にはWEBカメラなど最新システムを採用、熊本城ライブ映像をネット上で流す。

5)熊本市新屋敷大井手周辺公園化構想CG化

 ・高級住宅街である新屋敷の大井手(加藤清正の治水事業の一つ)の公園化構想を、当社がCGでシミュレーション、バードフライ動画を制作、熊本市へ提供。

6)装飾古墳 チブサン古墳シミュレーション動画寄贈

 ・同時期のNHKの欽明天皇陵CGシミュレーションに対抗して、1992年にチブサン古墳をCG動画化。山鹿市(当時の中原淳市長)及び山鹿市立博物館へ寄贈。現地で毎日放映。当時、マスコミの取材が殺到し、テレビや新聞にて大々的に紹介された。

7)熊本県九州新幹線誘致キャンペーン

・九州新幹線キャンペーンCM制作。全てCGにて、15秒、30秒のコマーシャルを、当時2ヶ月間で、県内民放4局にて600本を放映。併行して、東京高輪プリンスホテルにてマスコミを招待したビッグキャンペーンを敢行。因みに、同契約は熊本県と当社との随意契約。その後、熊本県マルディメディア研究会委員(知事部局)として参加。

8)旧 鹿本町公式サイト構築運営

9)波野村(阿蘇)公式サイト構築運営

10)瀬戸石ダムと魚道公式サイト<国土交通省>(2001年〜2006年)

・電源開発株式会社の委託にて、鮎の遡上などのリアルなCGシミュレーション動画を搭載した公式サイトを構築運営。

11)山鹿鹿本広域広報誌

・月刊山鹿鹿本広域広報誌「てん」を企画発刊

12)山鹿鹿本県民文化祭報告書冊子(山鹿市)

・山鹿鹿本県民文化祭報告書の冊子発刊
・NHK衛星放送全国放送「山鹿鹿本県民文化祭」CGタイトルを制作

13)山鹿鹿本指定文化財書籍(山鹿市)

・山鹿鹿本地域指定文化財取材及び書籍発刊

14)熊本市へ熊本地震以前の熊本城資料写真寄贈(2016年)

・公益財団法人 文化財建造物保存技術協会(東京本部)理事の目に留まり、石川県の老舗企業経営者より、当社保有の熊本地震前熊本城写真を復元資料として協力依頼。よって、写真126枚をCDにて熊本市へ寄贈。崩壊した石垣などの貴重な復元資料写真として高い評価を得る。

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 その他実績としては細かいものも沢山あったような気がするが、頭の中にはこの程度の記憶しか残されていない。ただ、筆者は「地域揺り起こし」と常々申し上げているので、この名称で話をするが、「地域揺り起こし」は、とても心がワクワク、ボルテージも上がりっぱなしで、情熱の炎が燃え上がる。例えば、長崎県の旧奈良尾町の「トライアスロン in 奈良尾」は、他県の「地域揺り起こし」の事業であったために、新聞社役員会議で「2回までの開催を許す。万が一、事故があれば即刻中止!」という厳しい条件の下に、公私共に気合を入れたものだった。

 当時、人口僅か3800人の奈良尾町。キリシタンの島でもあり、昔は捕鯨の町でもあった。海面に浮かぶボートが空中に浮いているように見え、海の透明度は素晴らしかった。高校新卒者のほとんどが島外へと出てしまい、過疎化と高齢化の嵐が吹き荒れつつある時代だったように思える。ただ、島民の笑顔は筆舌に尽くし難く、第1回大会を振り返ると、桟橋に大勢の町民が集まり、旗を振り、県内外から参加するアスリートたちを迎える。筆者が企画したものが目の前にある訳だが、鳥肌が治まらぬほどに、気づけば、大会前から感涙に咽ぶ自分がいた。

 大会開催までは1年と3ヶ月を要したが、最終段階となり、ある人物(島内では名士)が、会議の冒頭で「折角、トライアスロン誘致をして頂きましたが、危険を伴う為に、一度リセットして、今回は中止ということで考えております。」と口を開いたのである。間、髪を容れず、当然の如く、筆者は若気の至りか、長机を両手でバンと叩き、相当な勢いにてその人物に喰ってかかった。それは昨日のように覚えているが、長崎県トライアスロン仲間たちが一斉に「ここは私たちに任せてください!」とその人物へ猛攻撃。結局、その人物はその場で深々と頭を下げ謝罪をした。翌日、全コース最終安全点検のために、公用車やパトカーなど数台が町役場前に待機。半日間で点検も完了し、やっとのこと開催に漕ぎ着けたのである。

 「地域揺り起こし」には、燃え盛る「情熱」が欠かせない。何事も、上述のように、必ずネガティブ発言をしたり、横槍を入れてくる輩の存在があるので、簡単に燃え尽きるような「情熱」では、心ない邪魔者を粉砕できないのである。このトライアスロン大会は、筆者にとって、一生忘れることのない、「地域揺り起こし」として、良き想い出として、心の中でコロコロと心地良く動いている。大変お世話になった、当時の重鎮たちは、ほとんどが他界されている。墓参りもせず、とても心苦しいけれども、いつの日か、再び同町を訪れ、弔うことができればと。名物のチャンポン、石鯛の皮焼き、丼いっぱいの新鮮生雲丹、腰の強い五島うどん(乾麺)など、本当に懐かしい限り。

 「地域揺り起こし」には、神様が「最高の笑み」をその地に与えてくれる。老若男女、全ての人たちが、共通のプロジェクトに一所懸命に動いてくれる。宿が満杯だと、町長宅の別宅に宿泊したこともあり、「何と田舎は素敵なんだろう!何と皆の笑顔が美しいんだろう!何と田舎の料理は旨いんだろう!」と叫びたくもなる。これが、「地域揺り起こし」の醍醐味である。過去の自治体関連事業実績を紐解きながら、当時の「若気の至り」を思い起こしながら、更なる、社会貢献ができればとメラメラと燃え上がるのである。


▼孔子公園花壇の花々
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写真・文責:西田親生

               

  • posted by Chikao Nishida at 2021/9/27 12:00 am

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