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清茶半日向前庭・・・

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 「清茶半日向前庭」という言葉がある。読みは、「清茶半日 前庭に向かう」。言葉通りに、ゆったりとした、心地よい時間の流れを感じている時に、何気に、人生とは何ぞやと自問自答することがある。

 昨夜も、性懲りも無く、価値ある人生とは、何ぞや!?と、自問自答していた。結論は、すこぶる簡単明瞭。・・・価値ある人生とは、信頼のおける友人や素晴らしい伴侶に恵まれることである。・・・これに、限る。その宝物は、人生を大きく左右するほど、その存在は重い。我が半生における体験、その入り口と出口を思い出しては、「なるほど!なるほど!」と何度も頷いたのだった。

 過去を振り返り、今を直視したり、将来を夢見たり・・・色んな「思い」を抱くのが人間だ。その中で、心にゆとりがあり波風立てず、常に心安らかな人には、自然と素晴らしい仲間が集まり、命より大切な伴侶が付き添っているに違いない。

 しかし、さもしい人のほどんどは、恨み、辛み、恨みのオンパレード。人の不幸を蜜の味に感じたり、藁人形に五寸釘を刺し、人の不幸を願っているような悍ましい者が多い。お金を見て、にわかに目の色を変える人は、餌を投げ入れた時の養殖場の鰻やピラニアのように、バシャバシャと水面を埋め尽くし、騒ぎ立てる。何とも情けなくなってしまう。

 素敵な語らいの場を作り出すティータイム。できることなら、滑りまくりのオバサン族の機関銃のような意味のない言葉(会話になっていない)のキャッチボールを避け、ゆったりと、静かな、実のあるコミュニケーションを交わしたいものである。


 「清茶半日向前庭」・・・。
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  • posted by Chikao Nishida at 2015/10/4 03:20 am

吾輩は猫である・・・

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 「吾輩は猫である。名前はまだ無い。・・・」は、文豪 夏目漱石作「吾輩は猫である」の余りにも有名な冒頭である。

 私は猫は飼ったことは無い。この猫は、某食事処の椅子の下にいた飼い猫で、初対面の瞬間を撮ってみた。とても警戒しているようだが、単に警戒しているだけではなく、じっくりと観察されているような気がした。飼い猫がゆえに人馴れしており、咄嗟に逃げようとしたり、攻撃することない。

 或る年配の男性が近づいて声を掛けていた。中途半端な距離だったので、全く相手にせず、後ろ足の肉球を舐めたり、腿あたりを入念に毛繕いしながら、その男性を少し気にしてはいたものの、全く相手にしていなかった。

 先ほど、猫は飼ったことが無いと言ったものの、昔を思い出すと、中学生の頃だったか、転勤族であった父と一緒に過ごしていた官舎(一軒家)の縁側で餌付けをしてしまい、気づけば、野良猫4匹、野良犬2匹が、毎日遊びに来てくれていたのだった。

 この写真にそっくりのキジ猫、それに白猫が思い出深いが、皆お利口さんにしており、猫たちは縁側の上で、犬たちは縁側の下で喧嘩もせずに、自分たちに与えられた食事を平らげては、戯れていた。現在では考えられない光景ではあるが、それだけ動物が思う存分自由に遊び暮らしていた時代なのだろうと・・・。

 昨年、1月と7月に飼い犬が相次いで病死してしまった。一匹はミニダックスのチェリー、あとの一匹はコーギーのプラムである。如何にペットと言えども、旅立つ時は大変悲しいものである。身内の人間が他界するのと代わらない。そんな事を思いながら、久しぶりに可愛い飼い猫に出逢った僅かな時間が、すこぶる新鮮だった。

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  • posted by Chikao Nishida at 2015/9/29 01:13 am

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