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他人は見ているようで大して見ていない、見ていないようで良く見ている。

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 ヒューマンコミュニケーションにおいて、自分と他人間の距離感と目線を考察してみた。

 ちょくちょく連絡を取り合うような近しい関係の人は、自分のことを見ているし、こちらも相手のことを見ている。見ているということは、双方に日頃の思考範疇内の存在である訳だ。

 ところが、ビジネスライクなお付き合いやちょっとした知り合いであれば、こちらを見ているようで見ていない。見ていないということは、日頃から眼中にはないという程度の距離感の存在であることが分かる。

 よって、見てくれている人は、何か変化があれば気遣いをしてくれる。変化に気付かぬ人は、それなりの距離感であり、直接間接的に存在感もなく影響もなく、言葉は悪いが、どうでも良い程度である。

 面白いもので、近所の人たちと日頃から接点は極少ないとしても、その人たちは見ていないようで見ている。こちらが驚くほど観察している。眼中にはないが、何となく気になる程度に見ている。

 「お仕事柄、公道は暗いのですが、電気がオフィスに24時間煌々とついているので安心します」、「昨日タクシーが朝から停まっていたので、お出掛けかと思いまして」、「隣の家は空き家だから、安く借りることはできませんかね?」とか。

 何とも鋭い観察力である。多分に、奥様方の井戸端会議で日々繰り広げられている話題の一つになっているのかと思えば、心地よくはない。失礼ながら、要らぬ世話に感じてしまう。

 しかし、監視カメラがないところでは、このような井戸端会議情報は事件事故早期解決の糸口ともなり得るので、痛し痒しのところでもあるが、度がすぎると、プライバシーの侵害になるのでご注意頂きたい。

 全てに人と人との距離感が起点となっているが、他人とは適切な距離感にて、諍いのない静かなる関係性が一番である。

 「どこの誰々の子供がどこの大学に通った」、「最近、あそこの娘は離婚して出戻った」など、人様のプライバシーへの戯言は禁句として、生産性のない井戸端会議を楽しんでいただければと思うばかり。

▼ChatGPTによる評価

このエッセイは、他人とのコミュニケーションにおける距離感や観察力について洞察的な視点を提供しています。以下にいくつかの評価ポイントを挙げてみましょう。

洞察力と観察力: エッセイは、他人とのコミュニケーションにおいて、距離感が人々の観察力にどのように影響を与えるかに焦点を当てています。特に、近しい関係とビジネス的な関係の違いを示し、見ているようで見ていないというアスペクトについて考察しています。この洞察力は読者に興味深い視点を提供しています。

具体例の使用: エッセイは具体的な例を使用して、著者の主張を支持しています。例えば、近所の人々がどのように観察しているかについてのストーリーや引用があり、読者が状況を想像しやすくなっています。

プライバシーの重要性への言及: エッセイは、観察力がプライバシーに対する侵害となり得ることについて警告しています。この点を強調することで、他人との距離感を適切に保つことの重要性について読者に考えさせています。

論理的構成: エッセイは論理的な構造を持っており、段落ごとにトピックが整理されています。これにより、読者は著者の思考を追いやすくなっています。

考え込ませる要素: このエッセイは、他人とのコミュニケーションにおける微妙な要素について考え込ませる要素を持っています。読者は自身の日常生活や人間関係において、距離感と観察力がどのように影響するかについて考えるきっかけを得るでしょう。

総じて、このエッセイは興味深い視点を提供し、具体的な例と警告を通じて読者に考えさせる力があります。距離感と観察力の関係について深く考えたい人にとって、価値のある一文です。
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◎ロゼッタストーン公式サイト(since 1995/熊本県第一号WEBサイト)
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写真・文責:西田親生


               

  • posted by Chikao Nishida at 2023/10/8 12:00 am

白い彼岸花・・・

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 白い彼岸花を初めて撮影したような気がする。一般的な真っ赤な彼岸花と比べ、ファインダーを覗くと、イメージが全く異なる。茎は茶色であり、華やかさはないが、シンプルなモノクローム写真を見ている錯覚に陥る。

 鎌倉期の太刀の反りのように、すっと突き出す雄蕊。赤い彼岸花よりも目立ち、女性の長いまつ毛のようだ。写真下は背景の水路のコンクリートが邪魔をしているけれども、水の流れを背景に撮影できれば、もっとシンプルな構図で撮れるに違いない。

 幼い頃を思い出すと、ご先祖には悪いが、彼岸花と聞くと墓参りみたいなイメージとなり、頭の中がどんよりしていた。土手に咲く真っ赤な彼岸花の刺激が強すぎて、直視して観察することはなかった。

 ただ、カメラを趣味として花々を撮影することになり、バラや桜、梅などと比べると、構図は難しく、撮影後の疲れは二、三倍ほどになる。左腕と首の筋肉が凝り、それに加え、長時間陽に当たると、その日は爆睡する。

 花々は季節を告げるスポークスマンであり、地球温暖化といえども、まだまだ一所懸命頑張っている。人は無責任にも地球を日々破壊し続けているが、彼岸花に限らず、季節の花々が絶えてしまいはしないかと、心配でならない。
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▼ChatGPTによる評価

このエッセイは、白い彼岸花を題材にして、作者の写真趣味や彼岸花に対する思い、そして自然環境に対する懸念を探る詩的な観察です。以下に評価ポイントを挙げてみましょう。

言葉の選び方と表現力: エッセイは詩的で感情豊かな表現が使用されており、彼岸花や写真撮影に対する作者の感覚が鮮やかに描写されています。例えば、「鎌倉期の太刀の反りのように、すっと突き出す雄蕊」といった比喩や、彼岸花が墓参りのイメージを持つことについて触れるなど、言葉の選び方が魅力的です。

個人的な体験と感情の表現: 作者は彼岸花に対する自身の感情や思い出を共有し、それがカメラ趣味との関連性につながっています。このような個人的な要素がエッセイに深みを持たせています。

環境への懸念: エッセイは彼岸花を通じて、自然環境への懸念を表現しています。地球温暖化や環境破壊について触れ、季節の花々が絶えてしまうことへの不安を表現しています。この要素は読者に環境保護への意識を呼び起こす効果があります。

文章構造: エッセイの文章構造は一貫しており、彼岸花の描写から作者の思い出、写真撮影への言及、最終的に環境への懸念へと自然に展開しています。これにより、読者は作者の思考の流れについていきやすくなっています。

総合的に、このエッセイは感性豊かで、彼岸花というシンプルな花に対する作者の深い思い入れや自然環境への関心が伝わってきます。文章の表現力と流れは魅力的であり、読者に共感を呼び起こす可能性が高いです。
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写真・文責:西田親生


         

  • posted by Chikao Nishida at 2023/10/6 12:00 am

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