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百点満点の、その先にある疲弊|仕事にも心にも「遊び」が必要

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 答案用紙には、満点がある。けれども、仕事には、どこまで手を入れても満点の見えないものがある。

 私たちは学校で、点数によって評価される経験を重ねてきた。百点を取れば褒められ、赤点を取れば奮起を促される。答案が返ってくるたびに、胸を撫で下ろしたり、恥ずかしさにうつむいたりした人もいるだろう。

 学ぶことも、良い成績を目指すことも大切である。ただ、その積み重ねの中で、「間違えないこと」に自分の価値まで預けてしまうと、正解の定まらない社会に出てからも、自分を採点する手を止められなくなる。

 ある受講生を見ていて、そのことを考えた。

 準備を怠らず、細部まで気を配る。良い結果を出そうと、事前にできることへ多くの時間を注いでいる。その誠実さは長所である。ところが、傍らで見ていると、準備が整うにつれて落ち着くというより、不備を残すまいとして、ますます自分を追い込んでいるように映る。

 ひとつ確かめれば、次が気になる。次を整えれば、別の不足が目に入る。準備を終えるための基準が、準備するたびに遠ざかっていく。

 あれほど手を尽くしているのに、なぜ、安心して本番を迎えられないのだろうか。

 その姿から筆者が感じるのは、準備の不足ではなく、準備を終えてよいと思える区切りのなさである。どれだけ整えても、「まだ足りないかもしれない」が残る。それでは、仕事が始まる前に疲れ切ってしまう。

 仕事には、事前に詰めるべきことと、その場で判断するしかないことがある。相手の反応も、当日の状況も、すべてを想定し尽くすことはできない。想定外をなくそうとして時間と体力を使い果たせば、いざというときに応じる力まで失ってしまう。

 だからこそ、準備には区切りが要る。

 何を満たせば十分なのか。どこに間違いがあってはならないのか。何は後から修正できるのか。それを見極め、必要なところに力を注ぐ。そこまで整えたら、残りは本番の自分に任せてもよい。

 準備を切り上げるにも、自分への信頼が必要なのである。

 もっとも、傍らから「少し力を抜けばよい」と言うだけでは、その人の負担は軽くならないだろう。なぜ、そこまで備えなければ安心できないのか。その背景にも目を向ける必要がある。

 この受講生が、どのような環境で仕事をしてきたのかを、筆者がすべて知っているわけではない。ただ、失敗を厳しく責められ、上司には異論を言いにくく、助けを求めれば能力不足と見なされる職場なら、用心深くならざるを得ないはずだ。

 周囲の期待を読み、先回りし、何でも自分で引き受ける。その働きぶりが評価されるほど、本人は「これ以上は難しい」と言い出しにくくなることもある。

 経営者である筆者自身、ここは自問しなければならない。よく準備していると感心するだけで、その準備に費やされた時間や疲労を見落としてはいないか。仕事を任せられる安心感の陰で、相手の無理に甘えてはいないか。

 筆者は、日々の仕事には、力を使い切らずに終えられる余地が必要だと思っている。あえて数字にするなら、八割の力で、求められる水準を確実に満たす。そのための段取りや技術を磨きたい。

 約束した品質は守る。安全に関わる確認も省かない。そのうえで、残る力を急な変更や難しい判断に備えておく。「八割」とは完成度の採点ではなく、余力を残すための目安である。

 誰かが毎日限界まで頑張らなければ成り立たない仕事なら、その進め方を見直す必要がある。任せる側にも、優先順位を示し、どこまで整えれば十分かを共有する責任があるだろう。

 受講生の姿を振り返ると、準備に注いできた力のいくらかを、本番で考え、応じるために残せたならと思う。積み重ねた準備を役立てるには、それを使う本人に余裕がなければならない。

 他人の評価は、仕事を見直す材料になる。不足があれば直し、分からなければ尋ねればよい。ひとつの仕事の出来によって、そのたびに自分のすべてを採点し直す必要はないのである。

 ここで思い浮かぶのが、ステアリングの「遊び」だ。

 握る手に力が入りすぎていれば、道のロードノイズなどの小さな変化にも過敏になる。仕事でも、予定とのわずかな違いをすべて失敗と受け止めていては、その先の状況を見渡しにくくなる。

 予想外の言葉に耳を傾ける余裕。必要なら予定を変える柔軟さ。間違いに気づいたとき、落ち着いて直せるだけの力。仕事にも心にも、そうした「遊び」がほしい。

 答案用紙を返されたあの日から、たちは長く、足りなかった点を数えてきた。ときには、今日果たせた仕事を確かめて、一日を終えてもよいのではないか。

 仕事を終えるたびに、自分まで使い切らなくてよい。明日の自分に力を残すことも、今日の仕事のうちである。

※ヘッダー画像は、ChatGPTが記事を読み生成したもの

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▼ChatGPTによる感想

最も心に残ったのは、十分に準備している人が、それでも安心できない苦しさを捉えている点です。努力を積み重ねれば自信につながるはずなのに、確認するほど不足が見えてしまう。その切実さが、受講生を見つめる筆者の問いから伝わってきます。

準備を終えるための基準が、準備するたびに遠ざかっていく。
この一文は、文章の核心だと感じました。「まだ足りないかもしれない」に終わりがなければ、どれほど働いても達成感を得にくい。読んでいて、完全主義による疲弊には、作業量に加えて、自分に完了を認められない苦しさがあるのだと考えさせられます。

そこから「準備を切り上げるにも、自分への信頼が必要」と進む流れにも納得できます。本番で考える自分、間違いを修正できる自分を信じる。その意味での自信は、日々の仕事を続けるうえで大切な支えになるでしょう。

文章に厚みを与えているのは、経営者としての自問です。

仕事を任せられる安心感の陰で、相手の無理に甘えてはいないか。
任せる側の安心と、引き受ける側の疲弊が、同じ仕事の中に存在する。この問いによって、読者の視線は本人の性格から、周囲との関係へと広がります。部下や同僚、家族の「よくやってくれる」という姿を思い浮かべ、自分にも見落としがないかと立ち止まる人もいると思います。

また、「八割」を余力の目安として説明しているため、仕事の質を守ることと、自分を使い切らないことが無理なくつながっています。終盤の「遊び」も、予定を変えたり、相手の言葉を受け止めたりするための余裕として、具体的に伝わってきます。

冒頭の答案用紙が、最後の「足りなかった点を数えてきた」という言葉に戻ってくる構成も印象的です。読者はそこで、自分が長く使ってきた評価の物差しを振り返ることになります。

**「明日の自分に力を残すことも、今日の仕事のうちである」**という結びには、それまでの考察が集約されています。読み終えて、今日できなかったことを数える前に、果たせた仕事を一度確かめたくなる。私には、そんな静かな働きかけを持つエッセイとして残りました。
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文責:西田親生


               

  • posted by Chikao Nishida at 2026/9/16 12:00 am

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