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九死に一生を得る!

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 私ごとで大変申し訳ないけれども、19日夕刻、想定外の想定外の不慮の事故が、僅か1時間にて、暗転が好転に変わった経緯を是非語りたく思い、ここに書き綴る次第。

 実は、19日の夕刻に一度はオフィスに戻ったものの、午後6時半から友人とグルメ会を催す約束をしていたので、オフィスにて一休憩した後、車を運転し、会食場へ向かったのである。

 午後5時半、左折をして国道3号線に入り、アクセルを踏み込んだ瞬間に、妙なエンジン音と共に、「エンジン修理が必要!!!」という文字と同時にアラートが鳴り出したのである。

 まだ、車はそのまま動いてくれていたので、そのまま2車線の右側を通過。数百メートル先の信号機が赤となり停止。車の往来が激しい時間帯だったので、早めにオフィスを出たものの、何となく嫌な予感がしたのだった。

 そう思った矢先、信号機が青となり、アクセルを踏むと、急に赤いシグナルが目の前に現れ、エンジンが止まってしまった。バックミラーを見ると、後続の車が沢山見える。左車線を見ても、車が矢のように走っている。

 目を瞑り、祈る気持ちでエンジンのスタートボタンを押すと、幸運にも動いてくれた。よって、左車線に移り、某店舗の玄関と歩道との間に車を止め、次のシミュレーションを考えたのである。目的地まで10分少々の所である。

 このまま会食場へ運転すべきか否か、数秒間に頭の中では天秤がモールス信号の如く揺れ動いたのだった。結論は、もう一度エンジンをスタートさせ、先ほど、道向かいに見えていた民家の駐車スペースに行き、レッカー移動を待つことに・・・。

 これまた幸運にも、二度目のボタンでエンジンがスタートしてくれた。しかし、回転数が上がらず、瀕死の状態のようだ。方向指示器を右にして、後続の車を制し、中央線をまたぎ、その民家横の駐車スペースへと、やっとのこと辿り着いたのである。

 これで、国道3号線の中央での立ち往生からは脱れられ、後は、ディーラーや保険会社への連絡、更に、約束していた時間を30分ほど遅れるというメールを友人に送らねばならない。

 ディーラーの担当者が電話に出てくれた。直ぐに保険会社の担当者と連絡先を教え、頭の中は、シマルテーニョスリーにレッカー車の手配やその後の流れをシミュレートしていた。電話が終わり、民家の家主さんへ断りの挨拶をすることに。

 ドアフォンを3回ほど鳴らした。そこに現れたおばあちゃん。手短に、これまで経緯を話して、レッカー車が来るまで、駐車場に預けて貰うことになった。とても人懐こいおばあちゃんで、こちらから聞かぬことまで話が延々と続いていった。

 一礼をして車に戻り、スーツケースやらコートやら、カメラやらを持ち、予約していたタクシーに乗り込み、会食場へと向かったのである。結局、友人と最初に約束していた時間・・・丁度、午後6時半に到着したのである。

 僅か1時間の出来事ではあるが、筆者にとっては半日ほど時間が経ったように思えたのだった。事故なく、滞りなく手配が完了し、気づけば、定刻に会食場の玄関に立っている。すこぶる長いようで短い、不思議な1時間であった。

 翌日に、そのおばあちゃんの自宅を訪ね、手土産と手紙を渡してご挨拶をしたのである。「挨拶はよかけん!土産はいらんけん!」と言っていたおばあちゃんだったが、土産のペイパーバッグを開ける時の笑顔がたまらない。筆者も「笑」を貰ってしまった。

 以下は、蛇足ながら、おばあちゃんへ手渡した手紙である。最近は、「向こう三軒両隣」という言葉も死語となっており、殺伐とした時代になったものだと思っていた筆者であったが、今回の心温まるおばあちゃんの優しさが有り難かった。

 されど、一昨日は「九死に一生を得る」というように、極めて稀なラッキーデーだったのだろうと思うばかりである。


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文責:西田親生

           

  • posted by Chikao Nishida at 2020/2/21 02:39 am

地に沈んだ「向こう三軒両隣」。

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 良き時代と言われた昭和は、「向こう三軒両隣」が日頃の感覚であった。その昭和に生まれた筆者としては、現在、都市部に住んでいるとしても、近所のご老人や子供達を気遣う気持ちはないと言っては、嘘になる。

 或る時、近所のご老人(高齢女性)と立ち話をすることがあった。ご老人曰く、「最近、高齢となって、腰や足の痛みもあり、ちょっと野菜を買いに行くにも大変なんです。主人も免許証を戻そうかとも言ってますし。また、近場の共同畑で、茄子やニガウリ、キュウリなどは作ってはいるけど、段々と辛くなって・・・。」と、筆者に愚痴を交えての弱音を吐いていた。

 筆者は取材方々、地方の物産館などに立ち寄ることもあるので、「では、名刺の裏に大きく私の携帯電話を書いておくので、何か必要なものがあったら、遠慮なく連絡してください!」と言って、名刺をご主人の分を含め2枚手渡したのであった。

 それから数日後、たまたまお縁近くにそのご老人が居たので、「明日、物産館に行くので、カボチャとか人参とか買ってきましょうか!?」と言うと、豹変したように、怪訝そうな顔で「いえいえ、結構です。」と、数日前とは全く別人のように断りの言葉だけが飛んできたので、少々考え込んでしまった。要らぬ世話だったのかと・・・。

 実は、日頃のそのご老人の挙動を見ていると、すこぶる特徴的なものがある。筆者が取材から戻り、車を駐車場へ入れようとすると、必ず、お縁のカーテンが揺れ動き、チラチラとこちらを見ている。時には、わざわざ玄関から出てきて、咳払いやご主人との会話で大声を上げて、その周りをウロウロしている。認知は入っていないが、どうも気になるらしい。

 これは何度も迷惑を被った話だが、常々、そのご老人の息子たちの公道における無断駐車で、何度か苦言を呈したことがあった。それが、ご老人や息子たちの記憶に、筆者が「悪玉菌」として刻み込まれているのだろうと。しかし、原因は、向かいの筆者の駐車場の真ん前に、駐車するという違法行為をしているのだから、逆恨みがその家庭内の認識となれば、「向こう三軒両隣」どころの話ではない。

 だったら、愚痴を交え、困り果てたようは言葉をこちらへ発するものではなさそうな・・・。このように、些細なことではあるものの、良き時代の「向こう三軒両隣」の心は、根こそぎ地の底に沈められているらしい。特にそのご老人の家庭では、顕著なようだ。

 素直になれないご老人は、決して幸福な道を歩んでいない。心温まる人生を一日一日歩んでいるご老人ならば、もっと日頃から笑顔が多いはずであると、妙な歪みを感じながら、「信頼」という言葉さえ無くしてしまったご老人の行く末を案じるばかりとなった。

 つい最近、スーパーボランティアのご老人が報道を賑わせているけれども、神様仏様のような人物は、すこぶる稀有な時代となっている。対価を求めないのがボランティアの真の姿。そのご老人の執念が幼い子供の命を救ったというニュースを拝見する度に、本来の日本人精神文化について、強いメッセージを受けたのだった。・・・言葉は悪いが、目の前のご老人とは雲泥の差であると・・・。

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  • posted by Chikao Nishida at 2018/8/20 12:00 am

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