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民度を考える・・・

▼写真はイメージ
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 先般、或る施設へと足を運んだ。到着早々に妙な空気感を感じた。目的は、数日前に電話で取り決めをした事に対して、立ち話程度で確認をするだけで事足りるものであったのが、すこぶる異様な雰囲気である。

 「会議は向こうで遣りますから、あちらへ行ってください。」と、唐突に会議室へと誘われた。そこで一人の白髪混じりの男性が椅子に腰掛け、食後間もないのか、爪楊枝を口に咥え、目つきが悪い。

 「会議という事ならば、事前に知らせて頂かないと、スケジュールが狂ってしまうが・・・」と言うと、「オタクのこつは・・・どぎゃんでんよかばってん・・」と。標準語に翻訳すれば「お宅のことは・・・どうでも良いのだが・・・」となる。

 冒頭から非礼極まりない態度にて汚い言葉が飛び交い、「非がある側の開き直り」的な様子である。なるほど、これが非常識の常識化が常習化している民度の低い人物の言葉遣いだろうと、閉口してしまったのである。

 田舎特有のローカルスタンダード。民度の低さによる、不毛なる会話が連綿と続くであろうと予測し、早速、上述の「どぎゃんでんよかばってん・・」を放った人物を退席させることにした。

 事前に具体的な連絡もないままに、何故にそこで身を拘束されるのかに首を傾げた次第。アジェンダという言葉も知らず、相手のスケジュールも事前確認もなく、1時間半を超える無駄な時間が経過した。

 民度が低いと断言したのは、次の二点となる。(1)公式の会議を開催するならば、事前に詳細連絡をするのが常識。(2)入室早々に、爪楊枝を口に咥え、会議は「どうでもいい」というような罵言を発するのはタブー。

 数日前に電話にて解決している案件であるが、万が一、それが相手に不利になった点を「ひっくり返す」を目的に会議を設定しているのであれば、本末転倒となる。「筋道」が分からない人たちである。

 ちなみに、民度の低い人というのは、驚くほど礼儀知らずで言動に品位のない人を総称する。つまり、人として「悪いお手本」となる訳だ。それに本人が気づかぬから始末に悪い。残念ながら、田舎ではそれが黙認(肯定)されてることが多い。実に情けなや、である。

 「民度の低い人」の特徴は、以下の通り。

1)礼節を弁えず、マナーやルールを守らない。
2)尊敬語、丁寧語、謙譲語の区別もなく、タメ口が多い。
3)TPOの認識もなく、身だしなみができていない。
4)第三者に対して気配りや配慮に欠ける。
5)ギャンブルなどにのめり込み、金銭感覚がない。
6)SNSやその他ネット上で「痛々しい」投稿が多い。
7)諍いを常習としており周囲に迷惑を掛ける。
8)口約束も契約なりの「信義則」に対する認識がない。
9)タバコの吸い殻や缶ジュースなどのポイ捨てを平気で遣ってしまう。
10)ホテルなど公的施設において大声、大笑いを常習としている。
11)食事のマナーが悪く、食べ方も汚い。
12)車のステアリングを握れば、人格も形相も豹変する。 
13)男女交際についても「犬猫」感覚を当然としている。 など

 また、理想的な「民度の高い人」は以下の通り。

1)常に冷静沈着にて大人の対応ができる人格者。
2)礼節を重んじ言葉遣いやマナーが徹底しており、所作が美しい。
3)常に小綺麗にしており清潔感に満ち溢れている
4)気配り、配慮を常として、心地よいコミュニケーションをとる。
 

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文責:西田親生

                     

  • posted by Chikao Nishida at 2019/8/31 12:00 am

些細なことで、不快感を与えることも!

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 些細なことで、不快感を与えることも・・・

 先般、あるレストランへ足を運んだ時のこと。奥のテーブルに席を取ったところ、あとから入って来た親子の客が、「絵本があるところが良いけどね。人が居るから、こっちに座ろう!」と、子供に言い聞かせた母親がいた。「人が居るから・・・」ということが、何の躊躇いもなく言葉に出るところに、その人の育ちの悪さや、子育て方法の間違いが露呈している。

 自分たちは客であって、子連れだから、絵本があるところの席は当然に優遇されても良いではないかと主張しているようだが、それほど絵本のある席がお気に入りであれば、「申し訳ありません。子供が絵本を読みたいので、ちょっと横にある絵本を拝見してもよろしいですか?」と切り出せば、何の問題もない。

 「人が居る」というのは、裏を返せば、本箱が遮蔽されて「邪魔」であることを言いたいのだろうし、その場所は子供のための席だよと、勝手に思い込んでいる節がある。もし、常識的に「本を拝見させてください。」となれば、「どうぞ、どうぞ!」と、喜んで席を離れてでも、子供達に本を選ばせる時間を取ることができる。

 このような些細なことでの失言。暴言までには及ばないけれども、違和感や不快感を他人に与える言葉であることが理解できていないということだ。よって、迷惑を掛けなければ、何でも良いだろうという日頃からの言動となる。物理的に迷惑を掛けたら警察が動き出す。しかし、道徳とは、迷惑の云々の前に、違和感なり不快感なりを可能なかぎり他人に与えないところが、人としての「心配り」なのである。

 その子供も、大人になれば、同じシチュエーションにて、「人が居るから、こちらに来なさい!」と注意を促し、「お客様の邪魔にならないように、こちらで静かにしておきなさい。」とは言わないだろうと思った次第。

 教科書には人間教育として詳細の定めがない「躾」や「道徳」。日頃の自分の生活がスタンダードとなっているので、それが正しいのか否かのチェックは、個人レベルでしかできない。ほとんどの人たちは、日々の暮らしに慣れ親しんでいる為に、それが、他人に違和感なり不快感なりを与えるものであるとは気づかないことになる。

 さて、保育園、幼稚園、小学校、中学校の教育の中で、「心配り」ができる人間として育てるところに、かなり力を注ぐべき時代が来たのではないか。

 ちまたでは、日本人らしい「おもてなし」の心を豪語しているけれども、「躾」や「道徳」の原点に戻り、教育レベルをしっかりと上げる努力を続けないかぎり、よき時代の日本精神文化は子供達に宿らぬことになる。


◎先見塾公式サイト
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  • posted by Chikao Nishida at 2016/8/24 12:00 am

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