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コンビニのトイレ問題・・・

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 再び「民度」の話になるが、今回は、コンビニのトイレ利用について触れてみたい。

 同じフランチャイズのコンビニと言えども、トイレやその他施設が小綺麗なところは、ゆとりのある女性客が多いように思える。それも、ワンコインならず、ある程度の品物を物色しては、しっかりとお金を落とす上客である。

 ところが、昔の東南アジアの国際空港や国内駅前の公衆トイレ以上に汚いトイレのコンビニもよく見掛ける。コンビニオーナーが一番頭を痛めているところであろうが、担当スタッフによっても、トイレの清掃はバラバラで波がある。

 されど、コンビニのトイレの善し悪しは、その客の利用の仕方に左右される。酷いところは、トイレットペーパーの切れ端が足元に散らかっているところ、用を済ませた後に流していないもの、トイレットペーパーが盗まれて無いところ、エアタオルの受け皿に汚水が溜まっているところなど・・・見るに耐えないコンビニのトイレがある。(即、二度と行かないリストに入る!)

 欧米では、トイレ確認のためのドアノックは2回というのが常識だ。しかし、ドアノブに赤の「IN」が示されているにも関わらず、ドアが壊れるほど何度もドンドンと叩いたり、足で蹴ったりする阿保がいる。多分に、自宅や仕事場でも同様に、デリカシーの無さで通用しているのだろうが、これこそ「民度」の低さを露呈しているに過ぎない。(女性にモテない男の典型)

 先般、某コンビニのオーナーと30分ほど話をしたのだった。「色々と規制的な文言を掲示すると、今の世の中は、即SNSで炎上するじゃないですか!だから、本当に頭を痛めているんですよ。トイレットペーパーを盗む人もいれば、便座の蓋を全部上げずに、中蓋の上から「小」をしては、便座を汚す男性もいます。想像を絶しますよ。」と。

 熊本地震直後のコンビニでのトラブルは筆舌に尽くし難いほど、とにかく酷いものだった。「民度」の底辺を彷徨う人間がこれほどいるのかと驚くばかりである。また、大声を上げ恫喝し、数量制限のペットボトルの水を箱ごと全部持ち去った輩もいたと言う。日本という国は、とんでもない国に成り下がったものだと、耳を疑った。

 礼節も規律もなければ、感謝の意もない。デリカシーなんぞ、言葉の意味さえ知らぬ「民度」の低い人間も多々いることになる。コンビニのレジで並んで、後ろからイライラ感をヤマアラシのような形相で放つ輩もいる。・・・正直なところ、訳が分からない。

 己が最優先で、他人のことなどどうでも良いのであろうか。これじゃ、良い仕事に恵まれるはずもなく、既に、社会で落ちこぼれ、柄の悪さだけに磨きが掛かっているだけの話となる。経済的な貧富の差というよりも、心の貧富の差がナイヤガラの滝ほどに落差が大きくなっている。

 畢竟、公衆トイレやホテル、コンビニ、ガソリンスタンドなどのトイレを如何に美しく利用するかが、「民度」の査定基準の一つとなる。「誰も見ていないから、どうでもいい!」と、周囲の他人の物を荒々しく扱う。汚れようが壊れようが関係ないようだが、もし、その本人の車に小石が当たったとすると、形相を変えて激昂するに違いない。

 日本人精神文化のレベルが、想定外に低空飛行しているように思えて仕方がない、今日この頃である・・・。

 蛇足だが、ここ数年後には国内の公衆トイレも、コンビニトイレも有料化(コンビニで買い物をしない客対象)される可能性もありはしないかと。

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  • posted by Chikao Nishida at 2018/8/2 12:00 am

躱して行くのも一つの手だが・・・

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波風立てずに、躱して行くのも一つの手だが・・・

 オフィシャルでもプライベートでも、必ず、トラブルメーカーや虐め屋がいる。これらは、子供の頃からいくら躾をしようとしても、DNAの方が勝り、より本能的に動き、理性を持てない人なのだから、抑制するのは大変難しい話である。刑務所のような施設で、独房に入れて隔離しない限り、また繰り返す。

 だからと言って、常に神経過敏となり、波風立てずに、躱し凌ぎの人生となれば、自由もなく、息苦しさばかりで、虐められる方が精神的に参ってしまう。このような不条理なことが、あちこちで無数にあるのならば、何らかの制裁をもって、予防・抑制する仕組みを作るなり、良識的な人物が盾となり、その再発を防ぐ必要がある。

 子供の頃の虐めは、自然発生的なもの。殴られた方の傷や心の痛みを、如何に周知徹底させるかが問題となる。特に、コドナ(大人になり損ねた大人)が占める割合が多くなってきた現在では、PTAの挙動でさえも、その虐めの原因ともなりかねない。サラリーマン化した教職の言動も然りである。

 日頃の、つまらぬ井戸端会議の延長をそのままPTAの会に持ち込み、無駄な時間ばかりを過ごしているコドナも居る。会費を横領するような阿保も居る。幼い頃出来の悪かった人間ほど、また、世の中に貢献できない人物ほど、PTAではとんでもない挙動を展開するのである。

 三島由紀夫が嘆いていた言葉の一つに「大義」というものがある。それは、人間が踏み行うべき大切な「道」のことだが、その「大義」なき世の中になってしまったのが、現代なのだ。簡単に言えば「人の道」だが、それを日本国民、皆が気付くべきなのではなかろうか。

 堅苦しいようだが、「大義」を重んじ「勧善懲悪」の精神が宿れば、詐欺、横領、傷害、殺人、轢き逃げなどが激減するのではなかろうか。「大義」なき人間は、「これくらい分からないだろうから、やっちゃえ!」程度の軽々な乗りで、日頃から常習となってしまう。法的な制裁が及ばねば、何でもありで日々を送ることになる。よって、それを放置すると、延々と同じ繰り返し、想定外の事件が発生する。

 その被害者の大半は、一所懸命真面目に働く人々や、心優しすぎる人々なのである。「自分の身は自分で守らねばならない!」と、無責任なことを押し付ける警察や教育委員会などの御歴々。金銭が潤沢にある家は、ガードマンでも何でも雇って、身を守ることは可能であるが、大半の庶民は、その術を知りつつも、出来るはずがない。

 だったら、国家機関や地方行政が、全国津々浦々で起きている些細な「虐め」に対しても、警戒レベルを上げて、一人一人の被害者の盾となるべき、迅速且つ的確な初動を発令しなければ、監察期間において、取り返しのつかないことが、どんどん起きてしまうのは当然の成り行き。

 先ほど、Facebook上で語った「社内虐め」は、ノンフィクションである。50過ぎのコドナが、20代後半の部下を酒のツマミにしているようなもの。これを解決するには、トップがその現状把握を行い、適材適所にて人事を発令し、それでも問題が起きるのならば、降格、左遷の厳しい処断をすべきであったと考える次第。

 年功序列の腐った社会構造を作った日本だが、これからは「実力主義」をもって、若輩と罵られていた人間が、何段階も飛躍できる環境を早期に作ることが先決であると考える。勿論、飛躍した若者も、先ずは人間形成を重んじ、年上の上司となろうが、そこは常々、礼に始まり礼に終わるという、素晴らしい人格を持ち合わせなければならない。

 もはや、単なる憂さ晴らしで、コドナたちから「虐め」を受ける必要もない、共存共栄の優しく規律正しい日本人でなければ、これから、どんどん海外の見識の低い、だらっとした物事の考え方が、日本精神文化を侵食するのではないかと危惧する次第。

 ちまたでは、「癒し」と題して、色んなイベントや出版物、制作物が蔓延っているが、一過性のものに気をとられることなく、自らの人生というスパーンや、周囲の方々の気配りなどが、果たして、しっかりと出来ているのかなどの「自己反省・自己改善」をすべき時代(とき)ではないかと・・・。


【ディー・アンド・エルリサーチ株式会社公式サイト】 http://www.dandl.co.jp/dandl/Link

               

  • posted by Chikao Nishida at 2015/6/14 05:02 am

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